第37話 セシル&リース

 困ったことになりました……。

 まさかエディのテレポートが失敗して、メンバーがバラバラになってしまうなんて、誰が予想したでしょうか?


 でも不幸中の幸いは、私とセシルさんが一緒だったこと。


 だってセシルさんは治癒者で、一人では何もできないか弱い女性なのですから。


 ついでにこ美貌……白い肌に金糸のような美し長髪、サファイアのような蒼眼にパーフェクトボディ。


 こんな美少女が暴漢だらけの世界に放り出されてしまったら……とんでもないR-18の世界が繰り広げられてしまうじゃないですか!


「そんなの許しません! セシルさんの身体に触れることが出来るのは、サキさんと覚醒者私達だけなんですからね!」


 命をかけて逃がしてくれたサキさんの為にも、セシルさんをお守りいたしますわ!


「うるさいわね、もう!」

「あら、セシルさん。いつの間に目を覚ましたんですか?」

「今さっきよ。リースの声でね。ところでこの状況、どうなってるの?」


 私は微笑んで誤魔化した。

 ふふふっ、この状況? それは私も知りたいです。


 周りを見渡しても、空、空、空……それか雲。山頂に貫かれた、雲。

 海雲っていうのかしら? ふふ、何も見えないんですよー。


「強いていうなら山頂ですかね? どの山か知らないですが」


 あまりの標高に言葉が出なかった。

 コロンと落ちた石が、奈落に吸い込まれるかのように無限の音を立てながら落ちていった。


「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」


 やっと状況を理解したセシルは、取り乱すように叫び出した。

 アラアラ、そんなに取り乱しても解決しないのに。


「大丈夫ですよ、セシルさん。何故かここには沢山の果物がなっていますから!」

「そういう問題⁉︎」

「この蔓なんて、切ったら水分が出てくるんですよ? すごくないですか?」

「ご都合主義の整ったサバイバル環境! じゃない! だからって安心しちゃダメでしょ? だって、サキは……っ、手足を斬られてたんだよ? あんなに痛い思いをして逃がしてくれたのに、私達は……!」


 ———たしかに、あの時のサキさんのことを考えたら、居ても立っても居られない気持ちはわかります。


「でもですね、セシルさん。だからと言っても無駄にもがいても無意味なんで」

「わかってるけど、リースは落ち着きすぎじゃない? 説明しながら果物を剥かないで?」


 もう分かってないですね、セシルさんは……。

 私は剥いたウリの実のようなものをセシルさんの口に近付けた。


「お腹が減っては、マイナス思考になるだけですよ? まずは自分のコンディションを整えることが第一です」

「んぐ……っ、」


 それに……セシルさんが目を覚ましてくれたおかげで、私も少し冷静になれたようです。さっきまで気付かなかった地下への階段。

 こんな標高の高い山頂にあるなんて、不自然極まりないですよね?


「何これ……。進んだ方がいいのかな?」

「ずっとここにいても、埒が開かないですからね。行きますか?」


 風化すら感じる石階段の奥にあるのは真っ暗な闇だけど、進むしかない。

 不安気に頷く仲間の手をとって、私たちは一歩を踏み出した。


 ▲ ▽ ▲ ▽


「うぅ……カビ臭い。怖い、キモい、臭い」

「もうセシルさん、少しは元気が出る言葉を言ってくださいませんか? そんなマイナスなことばかりじゃ、気が滅入ってしまいますよ?」


 とは言いつつも、この閉鎖的な空間には、流石の私も参りそうです。

 魔法で明りを灯せたから良かったもの、闇雲に進むのは怖かったかもしれませんね。


「そ、それじゃ……話題を変えるわ。ねぇ、リースはサキのどこを好きになったの?」


 あら、あまりにも変わり過ぎて、ビックリしてしまいました。


「ふふっ、それは私も聞きたかったです。セシルさんはサキさんと、どうやって出会ったんですか?」

「私の場合は、波打ち際に上げられたサキを救護してって、私のことはいいの! 今は私が聞いてるのに!」


 ふふっ、セシルさんって素直だからからかい甲斐がありますね。


 ———って、冗談はここまでにして。

 やはりセシルさん的には面白くないかもしれないですね。


 自分が愛した人が複数の女性と関係を持つのは。あの時は上手く誤魔化せたけど、本心は複雑だったのかもしれません。


「ごめんなさい、セシルさん。私が……」

「え、何を謝っているの? 私はマイナスなことばかりじゃ気が滅入るっていうから、恋バナを振っただけだけど?」


 ………恋バナ?



 恥ずかしい! 私ったら一人で深読みし過ぎて勘違いして!


「舌を噛み切って、償いいたしますわ!」

「何してるの! リースがいないと明かりがなくなるからヤメテ! もう、この私達の中でリースだけが頼りになる頭脳的存在ブレーンなのよ? しっかりしてくれないと!」


 うぅ、こんな失態を曝け出すなんて……。

 私も思っていた以上に追い詰められているのかもしれませんね。


「まぁ、仕方ないと思うよ? だってサキのあんな姿を見ちゃったら……不安になるよね」


 でも、だからこそ私がしっかりしないといけないのに……情けないですね。


「早くここから脱出して、サキさん無事を確認しましょう?」



 だけれども、降りても降りても終わりが見えてこない。このカビ臭くて暗い場所で、私達は死んでしまうのでしょうか?


「り、リース……っ、少し、休憩」

「はい……私も、同じ提案を……しようと思っていました」


 どれだけ高いの、この山は!

 まさか伝説のゴッドマウンテン? 神しか踏み入れることができない、人類未到のゴッドマウンテンなの?


 いや、それならこの人工物の階段は説明がつかない。


「まさかと思うけど、私達……このまま遭難したりしないよね?」


 セシルさん、だからマイナスなことを口にしたらダメだって言ったじゃないですか?


 本当になったらいけないから、ダメですよ?


 生唾と共に冷や汗が頬を伝った。

 私達はこれから、どうなるのでしょう?



———……★


 いくら回復したところで、根本的な精神的疲労はどうしようもなかった。


 あとどれくらいあるのか、先に進むにしても戻るにしても終わりが見えない。


 こんな恐怖や不安は久しぶりだった。


『今、無性にアンタに会いたいよ……サキ』


 普段は負けん気が強いセシルも、限界に近かった。

 ポタポタと落ちる雫が、腕を伝って落ちていく。私達は無言のまま、ずっと座り続けていた。


 三日坊主って言葉があるように、人間って一度止まってしまうと、立ち上がる気力を失ってしまう。まさに今の私たちの状況だった。


「セシルさん、無事ですか?」


 疲労困憊なリースの声が聞こえた。とりあえず無事は無事。全然大丈夫じゃないけど。

 けどこの暗闇は心を抉り堕とす。何もしていないと、吸い込まれて消えてしまいそうだ。


「……私、本当はずっとセシルさんが羨ましかったんですよ?」

「———え?」


 こんな時に何を?

 そもそも私の何処が?


「何? リースも私のこの見た目がいいと思っていた口?」

「……はい?」

「羨ましがられたところで、リースが私になれるわけじゃないし、リースにもいいところがあるから、そんなのヤメてよ」


 僻みや嫉妬は小さい頃から嫌と言うほど味わってきた。近い年代の女の子には嫌われて陰口ばかり叩かれ、男の子には性的な気持ち悪い言葉を吐かれた。


「良くない、良くない……私なんて、全然良いものじゃない」


 やっと好きと思えたサキ。けど私は彼の何の役にも立てない。

 リースやロックバードのように戦いに参加できないし、エディのようにサポートができるわけでもない。


「待って、セシルさん。血が、腕に爪が食い込んで」


 制止の声で我に返った。

 私、何をしてた?


「………どうやら、この山は侵入者を精神から病ませて養分にする『死の山』らしいですね」

「死の山……?」


 それであんなマイナス思考に陥ってしまったのか。久しぶりの幼少期の思い出トラウマは流石に堪えた。


 参ったなァ……私ってこんなに弱かったんだ。


「セシルさん、大丈夫ですよ。私がそばにいますから」


 震える冷たくなった手を取って、リースは胸元に抱き締めて温めてくれた。


「ゴメンナサイ、私……セシルさんがそんなに悩んでるとも知らずに、追い詰めるようなことを言ってしまって」

「ううん、リースは悪くないから。大丈夫」

「大丈夫じゃないでしょ? ツラい時は頼ってください」


 そう言ってリースは、そっと口付けをして、ゆっくりと交わってきた。蕩ける柔さと暖かさが甘くて泣きそう。


「私は先にサキさんと出逢えたセシルさんが羨ましかったけど、それと同時に……あの人の相手がセシルさんで良かったと安心したんです」

「安心……? 何で?」


 リースは微笑むと、包み込むように抱き締めた。


「サキさんと同じくらい、セシルさんにも一目惚れしちゃったんです。とても可愛くて、守ってあげたくなる子だなって」

「え、え? そんな……!」


 そう言って背中に回っていた手が、腰からラインを沿って落ちていった。指先がツンと、弾く。


「んン……ッ! ん!」


 待って、リース! こんな非常事態に何を考えてるの? こんなことをしてる場合じゃない! 私達は……!


「だってロックバードやエディの前ではできないじゃないですか? 私がどれだけ我慢したか……」


 あ、これ……ダメな奴。

 リースの目に魅了のハートが見える。

 迫り来る千手の技、絶妙な舌技に太刀打ちなんてできるわけがなかった。


「ふぇ……っ、待って、や……っ、あァ!」




 ———だが、この行為が死の山には効果覿面こうかてきめんだった。マイナスな思考で力を奪う反面、生力を感じる行為が弱点だった。


 だが登山を終えた二人の状態は正反対だった。満たされてハツラツとしたリースと、吸い付かれて瀕死のセシル。


 そんな二人に一羽の光の鳥が辿り着き、サキ達の無事が伝えられた。


「まぁ、ザッケルの街で合流ですね。セシルさん、急ぎましょう? あなたの愛しの彼が待ってますよ?」

「私達……のですよ?」


 二人は手を取り合って、目的の街へと旅立った。




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