第33話 そのタイミング?

 机上闘技場の会場はこの街で一番大きな時計塔の地下だった。避難所も兼ねたそこは頑丈な作りの上に声も遮断されて、外から隔離された空間作りになっていた。


「こんなところで拷問や私刑が行われても、助けも呼べねぇな」


 冗談のつもりで言ったけど、誰も笑いもしなかった。


 え、もしかして行われてる?

 そして俺みたいな無知は、格好の餌食とか?


 あははー、笑えねぇ冗談だな。マリッシュ、君だけでも否定してくれ。頼むから。


「そもそも法外な賞金が掛かった大会が、まともなわけないじゃないですか?」


 おっと、好青年だと思っていたマリッシュくんが暗黒面を見せてきたぞ?


「これはぶら下げた大金に寄ってきた馬鹿カモをいたぶるのが目的なんですよ」

「おい、ルビ。ルビで誤魔化すのはヤメろ? そんでもって俺は自分から食いついたんじゃねぇからな? お前の頼みで出るんだからな?」


 だから馬鹿扱いはヤメろ?

 まぁ、救いようもないお人よし馬鹿には変わりないかもしれないけどな。


「そもそもさ、お前には必要だったんだろう? 一生食うのに困らない賞金が」


 マリッシュは大金って言っていたが、それはこの街の基準であって、他の街じゃ1年分の稼ぎにしかならない。命を張るほどの金額じゃないんだけどね。


 しかし万全な状態ならともかく、まだ全回復には程遠い。相手の強さ次第だな……。


 ルールは立たなければいいんだろ?

 狭い机の範囲くらいなら、潜在能力ステータスの高い自分は有利なはずだ。


 カビ臭い階段を降りて会場に入ると、そこには沢山の人間が中央のリンクに向かって熱狂していた。二人の筋肉野郎が防御ゼロで殴り合っている。


 低い歓声が渦巻く。汗臭くて蒸暑い。


「おいおいおい、マジかよ」


 思ったよりも本格的じゃね? 両者とも顔がパンパンに腫れ上がって、原型を留めていない。骨の砕ける鈍い音が連続して鳴り響いた。


 けど安心したよ、思ったよりもフェアーな闘いじゃねぇか。


 立てない分、体重を乗せることができないし、上半身に特化した奴が有利だな……いくら鍛えているとはいえ、細マッチョの俺には武が悪いかもしれない。


 受付でエントリーを済ませて、次の戦いに備えた。マリッシュも観客に混じって祈りを捧げている。


「ふぅ……せっかく生き残ったっていうのに、また痛い目に遭うのか」


 中央の円卓にドンと構えるように座り込むと、対戦相手が姿を見せてきた。そいつは鉄仮面と鉄球を装備したガタイのいいマッチョ——……?


「鉄仮面! いや、そんなの反則だろう⁉︎」


 ビックリしたわー!

 反則以前の問題だろう?


 前の奴らもノーガードで正々堂々と戦っていたのに、馬鹿なの、コイツ! そんなん素手で殴ったら、あっという間に粉々になるわ!


「馬鹿はお前だ。エントリーの時にコースがあっただろう? 俺は最上級のコースに申し込んだから、装備を二つ持ち込めるんだ」


 そんなん知らんわ! 思わず観客に紛れて隠れたマリッシュを睨み付けた。あんにゃろう……! 本気で賞金が欲しいなら、最上級に申し込め!


「これが課金の力だ! 恨むなら貧乏な自分を恨め!」


 互いに向かい合うように座り込み、ファイトポーズをとった。


 ほう……? このくらいのクズ相手なら、遠慮は無用だな。


 審判が合図を出した瞬間、俺は身体を逸らすように拳を構え、そのまま鉄仮面に向かって殴りかかった。


 きっとコンマ1秒までは「馬鹿め、拳を粉砕させやがれ!」とたかを括っていただろう。けれど硬過ぎる防御は、時と場合によっては自分を苦しめる逆風になるのだ。


 例えば、こんなふうに。


 メキメキメキメキと砕ける音と共に、男の鉄仮面の男の体が宙に浮いた。完璧だと思われていた防具が逆に顔面にのめり込み、あっという間に勝負はついてしまった。


 静まり返った場内で、俺はふんっと上腕二頭筋をアピールするように勝利のポーズを決めてやった。


「ぅおおおおおおおおおおおおおお! これはとんでもない番狂せ! 無名の選手、細マッチョ選手が勝利を収めましたー!」


 おいおい、細マッチョは名前じゃねーぞ? サキ様だ、覚えておけ、この野郎!


 その後も順調に勝利を収め続けた俺達は、とうとう決勝戦を迎えることになった。ちなみに準優勝だと賞金は半分になるが、それでもマリッシュは大金持ちになれるだろう。


 たとえ元締が卑怯な手を使ってこようと、力で押し切れる自信がある。ある意味こっちもチートを使っているようなもんだから申し訳ない気持ちになるが……お互い様だ。


 さぁさぁ、次はどんな手を使ってくるのかなー?


 すると、その辺り一帯の照明が消えて、急に真っ暗になった。


 まさか暗闇に紛れて戦闘不能に追い込む寸法か?

 さすが卑怯な奴らのやることは一味違うな……。


 どんな攻撃にも耐えられるように身構えた瞬間だった。

 複数のスポットライトが奥の扉を照らし出した。


 一際黄色い歓声が湧き上がった。もしかして……チャンピョンのお出ましか? 


 どんな奴が出てくるだろう……。楽しみと興奮を抑え込むように笑みを浮かべていると、意外な奴が姿を見せてきた。


 あれ、俺……アイツ、見覚えあるぞ?


 頑丈な鎧に兜、そして威厳のある雰囲気。

 ただ見た目と裏腹に、ゴブリンすら撃退できなかった見てくれだけの近衛隊長———……!


「バショウグン! 何でこんなところに⁉︎」

「ぬっ、なぜ私の名前を……?」


 いやいや、そもそも俺が旅に出るきっかけになったのは、アンタらに皇太子の捜索を頼まれたからだし!


 コイツには言いたいことは山程ある! バショウグンがちゃんと話を通してくれていれば、偽物王子と誘拐犯に間違えられることなんてなかったのに!


「……御託はいい。まずは勝負をしようじゃないか? 決勝戦に相応しい、正々堂々と誇り高い戦いを」


 バショウグンは装備を外して席についたが、いいの?

 今の俺、きっとオークですら一撃で倒しちゃうけど?


 そして結果は、言わずもがな。

 俺は医療班によって運ばれたバショウグンに話を聞くために、救護室へと向かった。


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