第七章 屑と大麻の街「タイヴィーン」

第32話 大罪人、サキ

 その後のことは記憶がない。

 ガムシャラに斬り裂いて回り、たくさんの兵士の命を奪った俺は、見知らぬ街で生き倒れていた。


「どこだ、ここは……?」


 薄汚くてガリガリに痩せた子供からは貧困が見える。スラムを連想させるその街には、甘くて危険な匂いが漂っていた。


 そう、比喩ではなく、実際に。


 これは煙草とか葉巻は比にならない。使用したことはないが、その建物の奥で鼻から吸っている様子を見ると……やっぱりアレだよな?


 俺はズタズタになった手足を引き摺りながら、身を隠せる場所を探した。


 瀕死の無一文って、非常に危なくねぇ?


 あー、最後の万能薬の使用するタイミング、見誤ったか?


「はは、クソォ……。この展開は想像してなかったわ」


 セシル達は逃げ切れただろうか?

 彼女達が無事ならば、もう悔いはない。


 これから堪能予定だったハーレム生活を想像すると残念な気はするが、童貞を卒業できただけでも万々歳だろう。


 ポツン……と鼻先が濡れた。

 雨が降ってきたらしい。いよいよ天にも見放されたのか。


 砂だらけのレンガ壁に身体を預け、そっと目を閉じた。霞んでいく視界の奥に、一人の少年が立ちすくんでいるのが映ったが、その後のことなんて知る由もない——……。



 ▲ ▽ ▲ ▽


「——じゃない! 僕が肩代わりするから!」

「ふざけるんじゃないよ。こんな虫の息の屍なんて、野垂れ死ぬのが目に見えてんのよ!」

「僕が助ける! 僕がこの人を守るから!」


 遠くで、言い争う声が聞こえる。

 もしかして俺、助かんの?


 少年、お前が助けてくれるのか?


 乱暴にドアが閉まる音が聞こえた後、深く深呼吸をする音が聞こえた。


 そうか、俺は……まだ死んでいないけど、相変わらず危険な状態ってわけか。


 セシルがいればこの程度の傷なんて簡単に治してもらえるんだろうけど、治癒魔法は高度な技術が必要だからな。


 治癒薬も高価だし、こんな貧困の街じゃ道具屋も仕入れていないだろう。


「……大丈夫、僕が助けるから」


 そう言って彼は衣服を脱ぎ捨て、俺に跨り出した。


 ん、んン⁉︎


 まて、今の俺は意識だけで手足も動かせないし、声も出せない。せめて気持ちだけでも伝えたいと懸命に動かすけど、表情筋も死んで意味がなかった。


 待て待て、早まるな! 肌と肌を合わせる応急処置は冬の雪山での方法!


 違っ、違うんだ!


 俺の下半身には布が被せられていたが、上半身裸ってことは、まかさ?


 少年が布を剥ぎ取ると、そこにはご立派にそびえ立ったキカンボウ。


 人間、瀕死になると遺伝子を残す為にお勃ちになると聞いたことがあるが、おいおいおい、俺ー……!


 少年は聳えたったモノを股に挟み込んで、肌をすり寄せてきた。フニフニの肌が未知の快感が込み上がる。


 ダメだ、こんな、これが気持ちいいって思うなんて!


「ぶわっ、ややややややめ‼︎」


 声にならない叫び声が部屋中に響き渡った。跨っていた少年も驚いた顔で身体を起こしたが、すぐに安心した表情を見せてくれた。


「良かった、やっぱり大丈夫だった」


 少年だと思っていたが、思ったよりも大きく、年は十前後と言ったところだった。

 肉付きは悪いもの、美少年と言っても過言ではない容姿をしていた。


「出血多量で気を失っていたんです。一応手当はしたんですが、思ったよりも危ない容態だったので、僕の生命ライフを分け与えました」


 ライフ……? そういえば少年の顔色がかんばしくない。俺を助けるために?


「僕の名前はマリッシュ。お兄さんは?」

「お、俺は……サキ」

「サキさんですね! 単刀直入に聞きますが、サキさんは……何をされたんですか?」


 あー……、何者とか、そういう聞き方じゃないな。俺は苦笑を浮かべて頭を掻いた。

 素直に言うべきか、どうしたもんかなー……。


「なぁ、マリッシュ。やっぱりこの街って、そういう人間が集まるところか?」


 マリッシュは頷くと、背中の烙印を見せてくれた。


「僕は窃盗の罪を負った両親から生まれた奴隷だよ」


 やっぱりそういうことね。

 逃げ切れたと思ったが、案外捕虜されたって考えた方が正しいのかもしれない。


「俺は自分では冤罪のつもりなんだけど、どうやら皇太子を誘拐した極悪人ってことになっているらしい」

「そうなの? カッコいいな、サキさん!」


 そんな真っ直ぐに尊敬の眼差しを向けられても困る! 眩しい、眩し過ぎる!


「なぁ、ちなみにこの街について教えてくれないか? なんせ気付いたらこの状態だったからさ」


 優しくて素直なマリッシュは、親切に教えてくれた。


 この街、タイヴィーンは奴隷や犯罪者、つまり社会不適合者が棲まう街らしい。だが予想外に王都の監視はなく、捕まったわけではないことが判明した。


 とはいえ、王都からはそんなに離れていないので安心は禁物だ。


 何故、どうやってここに辿り着いたのかは不明だが、一先ず命の恩人であるマリッシュには感謝しかなかった。


「とんでもない! 僕はただサキさんなら稼がせてくれるだろうなって思ったから助けただけだよ」


 ん、稼がせてくれるだろう……?

 おっと、状況が変わったぞ?


「この街の中央に賭博屋があるんだけど、そこで行われている机上闘技場デスクコロシアムで稼がせてもらおうかなって思ってたんだ」


 うん、マリッシュ。素直で野心的な子は嫌いじゃないぞ?


 机上闘技場とは、テーブルについたまま闘う移動のできない制限付きバトルのことだった。

 ルールは椅子から立ち上がらない。それ以外は何をしてもいいらしい。


「サキさんの筋肉なら勝利は確実だと思ったんだ! 優勝すれば一生生活に困らないほどの金が手に入るんです! お願いします!」


 まぁ、マリッシュがいなければ、文字通り野垂れ死んでいたかもしれない。

 命の恩人への恩返しも悪くない。


「よし、一肌脱いでやるよ!」


 こうして俺は、マリッシュと共に机上闘技場に参加することになった。


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