第30話 嫌な予感がするの

 自らが初代勇者だと言うことが判明した夜、珍しい人が俺の元を訪ねてきた。


 ずっとロバートにくっ付いて離れない儚気な幸薄少女、エディだった。

 彼女はオドオドした様子で近付いて「少しだけ話をしてもいいかな?」と聞いてきた。


「もちろん構わないよ。どうした?」


 彼女はベッド近くに腰を下ろすと、不安気に口を開いた。


「あのさ、サキくんは……魔王を倒した後はどうするの?」


 おっと、随分端折られた未来を聞かれてしまった。だが、今の俺達なら大抵の魔族にも対抗できるだろうから、そう遠くない話なのかもしれない。


 もちろん俺の選択は、愛する人達と幸せな日々を送ることだ。

 仮に俺が歳を取ってから魔王が目覚めたとしても、せがれを鍛える時間も悠々にある。


 3人も妻がいれば、きっと大丈夫だろう。

 美女相手にたくさんの子供を作るとは、何て贅沢な使命だろう。


「本当はアタシも参加した方がいいんだよね?」


 そうだけど……さっき伝えたように、切羽詰まった状況でもないのでエディが望むようにすればいい。

 そもそもエディはロバートが相手だと思っていたのだから。


「俺が言うのも何だけど、そんなに無理する必要はないだろう? エディは自由に生きていいんだから」

「自由……?」


 あ、そうか。彼女は今まで差別されながら生きていたんだ。魔族と人間のハーフである彼女には簡単なことではないのに、俺は酷なことを言ってしまったのかもしれない。


「……エディ。君は覚醒者、セシル、リース、ロックバードと同じくらい大切な女性だ。たとえ君がロバート命で、俺のことなんてミジンコレベルにしか見てないとしても、俺は君を守るから」


 もしかしたら、彼女なりに不安を覚えたのかもしれない。自分だけが他の仲間と違う。万が一なことが起きたら、見捨てられるとでも思ったのだろうか?


 え、もしかして俺に媚を売りにきたのだろうか?


 色仕掛けか? もしかして俺にアピールを始めたのだろうか?


 まさか……ロバートからエディを寝取ります?


「あのね、サキくん。アタシ、嫌な予感がするんだ」

「え?」


 あれ、ちょっと雰囲気が違うぞ?

 色仕掛けの空気が皆無だ。


「お願いがあるんだけど、もしもの時、アタシと繋がるように契約をしてくれないかな?」

「契約……って、何?」


 お、急にエロい雰囲気が出てきたぞ?

 心臓がドキドキしてきた。ちょっと前まで他の男に夢中だった女の子を寝取るって、興奮するなー。


 ロバート、申し訳ない!

 けど彼女を責めないでくれ。俺が魅力的なのが全部悪いんだ。


「魔法掛けるから。もし、アタシかサキくんに何かあった時、それぞれにテレポートできるように」

「テレポート……?」


 つまり、エディに何かあった時に、すぐに助けに行けるようにってことだろうか?


 それくらいなら問題ない。それで彼女の不安が取り除かれるなら、喜んで契ってあげよう。


「ありがとう。ごめんね、都合のいい時ばかり頼って」

「問題ないよ。きっとこれから先、長い付き合いになるだろうから、家族だと思って頼ってくれ」


 やっと彼女の表情から、不安が消えたように見えた。

 エディは詠唱を口にしながら肩に手を置き、そっと額に口付けをした。


 触れた部分から柔らかい温かみが流れてきた。これはこれでときめく。


「今度はアタシにキスしてくれる? 額に……いいかな?」


 額か……初々しくて可愛い。

 彼女の前髪を指先で掻き上げ、そっと唇を当てた。キュッと目を瞑って、こっちにまで緊張が伝わってくる。


「……これでいいのか?」

「……うん。ありがとう」


 この幸薄なヒロイン、たまんねぇ!

 セシルもリースもロックバードも、皆、それぞれ可哀想な立場だったけど、エディは格別なんだよな。

 守ってあげたい系っていうか、なんつーか……。


「ありがとうね、サキくん」

「いや、別に……」


 こっちまで恥ずかしくなってきた。くそー、案外子供じみた純愛の方が照れるな。


「本当は……不安だったんだ。だってアタシ以外の覚醒者の人達、皆仲良しなんだもん。アタシが入る隙間なんてなくて」

「いや、そんな気にする必要ないよ。皆も出会って間もないし、きっとエディが歩み寄ってくれたら喜んで受け入れてくれるようなメンバーだし」


 でもまぁ、怖いよな。

 行き場がない彼女だから、ずっとそばにいると思っていたが、場合によっては去っていく不安もあるかもしれない。


 だがこうして相談してくれたのだから、俺が間を取り持ってやるのが最善だろう。

 もっと頼ってもらえるように精進しよう。


「何ならロバートじゃなくて、俺の背後についててもいいぜ? 俺がエディを守ってやるよ」


 冗談で言ったつもりだったけど、彼女は間に受けたように真っ赤にして恥ずかしがり出した。

 初々しいな、え? 案外、エディも俺に心開いてくれてるの?


「あ、アタシ……! アタシも皆と仲良くなれるように頑張るから、サキくんも協力してね!」


 真っ赤な顔を隠しながら、彼女はそそくさと部屋を後にした。


 エロい展開にはならなかったが、これはこれでいいな。


「つーか、打倒魔王か……」


 何かスムーズ過ぎて怖ェな。

 俺もちょっと嫌な予感がするんだけど、ここまできたらやるきるしかない。



 だが、エディの予感は的中。

 俺達は真の敵は身近にいることを思い知ることになる。

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