第29話 とうとうバレる

 こうして鑑定されるのは二度目なのだが、果たしてロバート皇太子の鑑定力は如何程なのか?


 男同士で握手なんて不本意なのだが、やむ得ない。さっさと済ませて欲しいものだ。


 しかし、そういう時に限ってフラグは経つ。数分経っても放れない。彼は脂汗を額に浮かべて、ずっと詮索を続くていた。


 そんなに時間が掛かるもんなのか? 身体もムズムズするし、用をしたいなんて言える雰囲気じゃないが、ダメだと言われるとしたくなるのが人間のさがだ。


「なぁ、まだ掛かるのか?」

「待ってくれ、もう少しで……掴めそうなんだ」


 まるで心の奥まで、いや、身体の隅々まで視姦されているような、なんとも言えない羞恥心が駆け巡る。


 これが異性なら……いや、同性でも恥ずかしい。


 これが吊り橋効果なのだろうか?

 この繋いだ手から恋が始まりそうな邪道な感情すら芽生えそうだったが、ブンブン顔を振って正気を戻した。


 やめろ、俺は女の子が好きなんだ。

 男には興味がないんだ!


「何を叫んでいるんだ、サキ殿。私も同性には興味がないから安心してくれ。そして君のことも……やっと理解できたよ」

「え? 理解って、何を?」


 ロバートは悟った表情で見つめてきた。


 まさか、俺が異世界転生者だってバレた? これってバレても問題ないこと?

 どうなんだ? おい、女神! 今こそ姿を見せる時だぞ?


「サキ殿……いや、佐伯理玖殿。君は——初代勇者、リンク様の生まれ変わりだったんですね」

「……は?」


 リンク様の転生の、転生?


「この世界を危惧したリンク様の魂が戻って来たんだ! やはり君はリンク様なんだ!」


 うそうそ、待てよ!

 俺がリンク様の転生後?


 ってことは転生返り?

 ってことは、俺、勇者?


「だから俺って強かったん?」

「そうですね、リンク様」


 ヤメろ、そのリンク様っていうのは。

 俺はサキ、佐伯理玖!


 魂はリンク様かもしれないけど、しかもこの身体もリンク様かもしれないけど、中身はサキ!


 ———いや、待て。

 魂もリンク様、身体もリンク様じゃ……俺じゃないんじゃ?


 マズいぞ、俺って存在が分からなくなってきた。


「リンク様が復活したのなら、もう新しい勇者は必要ないですね! これで覚醒者達に無理を強いる必要はなくなりました」

「え、待って。俺は………俺はリンク様なのか?」


 一寸の疑いも持たないロバートが「何を言ってるんだ?」と傾げるように振り返った。


 あんなに知りたがっていた正体なのに、そのせいで俺は……。


「喜ばしいことじゃないですか。これで世界の平和は要約されたようなものですよ? 国の者にも伝えますよ。英雄の生還だって」


 うん、そう……本格的に魔王が誕生する前に勇者が見つかったんだ。

 彼女達を守ることもできる。


 けど、何だろう……このモヤモヤは。


「エディ達にも伝えましょう。彼女達の待遇は丁重に扱う様に伝えておくので御安心を。何ならリンク様の妃候補として迎え入れましょうか?」

「いや、ロバート皇太子……、俺は」

「皇太子なんて付けないでください。貴方の方が位は高いんですから」


 眩暈がする。クラクラして地面が揺れる。足がもつれる。


「……サキ、ロバート皇太子? もうすぐお昼の時間ですが、話は終わりましたか?」


 扉を開けたのはセシルだった。

 異様は雰囲気を目の当たりにした彼女は、一瞬固まったが申し訳なさそうに顔を伏せた。


「ごめんなさい! まさか二人がそんな関係だったなんて思わなくて!」

「どんな関係だと思ってんだ! セシル、それはお前の勘違いだから誤解するな!」


 ハッキリと言葉にはしていないが、絶対に良くないことを想像している。きっと淫らで良からぬことを考えているに違いない。


「ほ、本当に? べ、別に私は差別したりしないわよ? 私だってリースお姉様と似た様なことをしたし……。二人は美形同士だから絵になるし」

「うん、全くの誤解だから安心してくれ」


 シリアスな空気が台無しだ。

 いや、助かったと言うべきだろう。


 相変わらずロバートは勇者リンク様として崇拝の眼差しを向けている。ハッキリ言って気持ち悪い。


「……? ねぇ、サキ。ロバート皇太子の様子、変じゃない? どうしたの?」


 説明するには全てを白状しなければならない。

 観念した俺は、皆を集めてほしいとセシルに頼んだ。もう隠しきれない。

 いや、彼女達には重大な事実だから、ちゃんと説明しなければならない。


「セシル、リース、ロックバード、エディ。君達はもう、勇者を産む必要がなくなったんだ」


 生まれた時から与えられた使命が不要になり、彼女達は戸惑いを隠しきれなかった。


「どう言うこと? だって魔王討伐のためには勇者が必要なのに?」

「もう既に勇者が存在しているからだよ。まぁ、正確には産む必要がなくなったが、正しいかな?」


 ロバートはチラッと俺を見る。

 だからヤメろって、その羨望の眼差しは。


「彼、サキ殿は初代勇者リンク様の生まれ変わりで、この世界を守る為に以前の身体で転生されてきたんだ。今までの歴代の勇者なんて目じゃない。生粋の勇者なんだ!」


 ロバート以外の人は理解出来ずに、頭上に「?」と浮かべている。

 そもそも転生って言葉が定着していない世界なのだろう。


「え、待って……それじゃ、サキは……サキじゃないの?」


 核心を突いたセシルの言葉に、皆が言葉を詰まらせた。

 ただロバートだけが嘲笑しながら断言した。


「そうだよ、サキ殿はリンク様だったんだ」


 ———やっぱり、そうだよな。

 俺は不要だよな……。英雄リンク様が復活するための中継ぎでしかないんだから。


 きっと皆もロバートと同じように思っているのだろう。

 俺はサキじゃなかった。それだけだ。


「え、お兄ちゃんはお兄ちゃんでしょ?」

「………は?」


 高揚としていたロバートの顔に、亀裂が入った。


「いや、だから彼はサキ殿ではなく、リンク様で」

「そうですね。ロックバードの言う通り、サキさんはサキさんですね」

「だから、違——……」

「勇者並みに強い潜在能力ステータスを持った人ってことね。良かったわ、これで誰の子供を産めばいいのかハッキリして。優秀な子供を産むのが私達の使命だものね」


 ワナワナと拳を振るわせるロバートだったが、そもそも彼女達にとって名前は関係なかった。


「リンク様でもサキでも、どっちでもいい。素直にアンタが私達の運命の相手で良かったと、神に感謝してるわ」


 不安だった部分を彼女達に肯定してもらい、やっと吹っ切れることができた。


 分かる人さえ分かってくれればいい。そして彼女達を守るためなら、英雄リンク様にだってなってやる。


「ねぇ、王子様……。私は? 私もサキくんの子供を産まないといけないの?」

「エディ……」


 ロバート皇太子に好意を寄せている少女、エディ。俺としては好きな人と結ばれて欲しい。だからロバートさえ受け入れてくれるなら、彼女を娶ってほしい。


 だが、いくらリンク様の頼みとはいえ即答はできない様だった。

 彼は骨の髄まで王族だった。自分の婚姻は国を左右しかねないことを重々承知だったのだ。


「ましてや私のような無能は、強く主張ができないんだ。エディ、申し訳ない……」


 その答えに、少しだけロバートの不安が垣間見得た気がした。


 仮に王族である自分が覚醒者の相手になったとしても、弱い子供が産まれたらどうしよう……。

 魔王をとめられなかったら、世界を守れなかったら、自分が弱いばかりに———……。


『だから大勢の男の相手をさせようとしていたのか……。自分には非がないと誤魔化すために』


 だが真面目ゆえの結論だと察した今、彼を否定できなかった。きっと勇者リンク様の登場を最も待ち望んでいたのはロバート皇太子だろう。


「ロバート皇太子。もしアンタが少しでもエディに好意を持っているなら、考えてやってくれよ。アンタが不安に思ってることは、俺が引き受けるから」

「リンク様……!」

「その代わり、今まで通りサキって呼んでくれ」


 こうして俺は、自分の正体を知ることになった。

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