第25話 いざ、敵陣へ

 クルル山脈は、魔物だけでなく知性の高い魔族も棲息する危険地帯だと噂されていた。覚醒者ならともかく、一般人であるメルディを連れて行くのは危険だと判断した俺達は、ザッケルの街を紹介して別れた。


「全てが一段落したら、必ずお母さんのところに戻るから!」


 いつになるか分からないが、生きていれば可能性はある。二人は強く抱擁し合って別れを惜しみながら離れた。


「それよりもサキくん……ちょっといいかな?」


 娘との別れを済ませた後、何故か呼ばれて耳元で囁かれた。


「君はロックバードとは、本当に何もしなかったのかい?」


 おぉ……、実のお母様から聞かれると心臓がヒュンとなるね。

 大丈夫です、手は出してしません。流石にロックバードの村での出来事を考えると、俺でも躊躇してしまった。


「なんだ、私の見当違いだったね。据え膳も食えないような臆病者だったとはね」

「いやいや、お母様。俺だって耐えたんですよ? 何もなければとっくの昔にしゃぶり尽くしていたに違いないのに」


 だが、俺の言葉には興味がないと言わんばかりに、彼女は股間を勢いよく掴んでグニグニと痛めつけてきた。


 あ、姉御……っ、流石にそれは……!


「ぐだぐだ言ってないで抱いてあげな? 女はね、惚れた男に抱かれてる時が一番幸せなんだよ?」


 メルディ姉御、キャラが変わってない? 案外主要メンバー以外の設定はグダグダ?


 確かに俺は、セシルやリースの時みたいな行動をロックバードにはしていない。それは彼女の幼い容姿に一因があるのだろう。


 興奮しないとかそう言うのじゃなく、やはり倫理的に子供に手を出すのは如何なものかと躊躇ってしまうのだ。


「女の結婚適齢期は16歳、ロックバードも今年で15歳だ。何の問題もないだろう?」


 分かってるよ、そうなんだけど……どうも前世の世界の常識が、歯止めになって動けずにいた。


 けど、うん……せっかく親御さんの許可が出たんだ! 俺は覚醒者が四人揃ったら、皆を抱く! 絶対に抱く!


「うん、その息だ! きっとロックバードとサキくんの子供なら可愛いだろうね」


 そこまで見据えてるんですか、お母様!

 くそー、話題が話題なだけに、全く湿っぽく終われなかった。


「さてと、それじゃクルル山脈へと行くか!」


 当初の目的だったロバート皇太子の救出のために、俺達は魔の巣窟に足を踏み入れた。


 きっと、苦しい戦いになるだろう……。そう予測していたのだけれども。


「あはは、あははは♪ 楽しいなー! お兄ちゃん、ここの敵って強いねー!」


 強敵だったはずの魔物を次々に薙ぎ倒していく真っ赤な少女。人間の俺たちの方が真っ青になる結果に、俺もセシルも苦笑しか浮かべられなかった。


 しかも戦闘狂は一人ではなかった。

 その隣ではどデカい詠唱を繰り広げて、焼け野原を生み出す魔女、リースが高笑いしながら殺戮のレッドカーペットを歩み続けた。


「ふふふ、こんなに魔法をぶっ放せるなんて、最高な環境ですね♡」


 人間相手に本気になれることがなかった彼女は、ついに本領発揮できたと楽しそうに満喫していた。


 ぜ、絶対にリースとロックバードを怒らせないようにしよう……!


「ところでサキ。ロバート皇太子ともう一人の覚醒者の居場所については、何か目星がついてるの?」

「いや、それが……全く検討がつかないんだよね」


 なので現在、がむしゃらに進んでいるだけだ。頂上を目指せばいいってもんでもなく、俺も困っているところだった。


 完全に手詰まりだ。ここまで来て、万事休すか?


 諦めかけたその時だった。偶然寄りかかった岩が、ガクッと崩れ落ちてバランスを崩してしまった。あまりに不意なことで、どうしようもなかった。


「サキ!」


 必死に手を伸ばすセシルを見ながら、深い奈落のような谷底へと落ちてしまった。




 転落の際にぶつけた場所が痛い。骨が折れたんじゃないだろうか?

 だが幸いにも途中の獣道のような足場に落ち、一命を取り留めることができた。もしあのまま落ち続けていたら、確実に死んでいたに違いない。


「相変わらず酷ェ悪運だな……イテテ」


 俺は持参していた回復薬を飲み、怪我の修復に臨んだ。その時、奥の洞穴に動く影が見えた。


 魔物か? それとも魔族……?


「———誰だ?」


 警戒の為、構えたナイフで威嚇しながら、俺は距離を詰め出した。だがその影は、応戦するどころか怯えて縮こまり出した。


「ご、ごめんなさい! 驚かせるつもりはなかったんだけど!」


 女の子の声……?

 しかもその声に、俺は聞き覚えがあった。


 くそ女神……、もっと普通に再会させろよ? イベントの度に傷だらけになる俺の身にもなれっつーの!


 細くて引き締まった身体に、大きな羽とお尻から生えた尻尾。やはりあの時に見た女の子に違いない。


「君、もしかしてエディじゃないか?」

「え、なんでアタシの名前を知ってるの?」


 そしてさらに奥から、やっと姿を現した念願のあの人!


 やっと会えたよ、本物の皇太子さま!


「エディ、何やら騒がしいが、どうしたんだい?」


 そこには薄汚い服を纏った小汚い男性が立っていた。あれ、えっと………ロバート皇太子?


「いかにも私がロバート皇太子だが、君は?」


 暗い洞穴の中にいたせいか、彼はまだ俺の姿をハッキリと捉えていないらしい。俺は武器を床に置いて、皇太子に近付いた。


「俺の名前はサキ。貴方に支えている兵士様の名で、貴方を探しに来ました」

「そうだったのか。こんな場所まで、よく参ってくれた。礼を申す———っ‼︎」


 顔が見える距離まで歩み続けると、何故か俺の顔を見るなり、皇太子が腰を抜かすように驚き出した。何だ、何だ?


「な、何で貴方がここに?」

「え、もしかして皇太子様、俺が誰か知ってんの?」


 やっと自分の正体を知るものに出会えて、嬉しく思えた。さて、俺が入ったこの身体の主は、何者なのだろう?


「知るも何も、貴方様は私のご先祖さま……、初代勇者であるリンク様じゃないですか!」



 ———ご先祖……様?

 ご先祖様だって⁉︎


 想像の名前をいく発言に、思わず頭を抱え込んだ。


 勇者?

 っていうか、俺って何百年も前の人間なの? そんなヤツだったなんて俺はどうなるんだ?


 せっかく待望の再会だというのに、俺はどうすればいいのか途方にくれて黙り込んでしまった。

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