第23話 我慢しなくてもいいんだよ

 傷ついた二人を抱き上げて、俺達はジョカの村を脱出した。こんな村、もう二度と来たくねぇ! 最低にも程がある!


「爆弾でもぶっ飛ばっしてやりてぇな……。ランチャーとかねぇのかな?」


 リースの魔法なら木っ端微塵に焼き尽くすことができるのかもしれないが、生憎彼女はいないので諦めるしかなかった。

 サキは狼煙をあげ、別行動を取っていたセシルとリースとも合流を果たし、早速ロックバード達の治療をしてもらった。


「酷い傷……。こんなに傷つけるなんて、正気の沙汰じゃないわ」

「あの、これ……隷属呪詛って言ってたけど、また発動してないよね?」


 恐る恐る尋ねるロックバードを安心させようと、リースは手を取って笑みを浮かべた。


「大丈夫、まだ呪詛は発動されていないわ。傷もこのお姉ちゃんが綺麗に治してくれるから大丈夫よ」

「そうよ! 私に任せたらいいわ! なんたって私は純潔の聖女ですから!」


 だがメルディの傷はどうなのだろう。流石に古傷までは治せなかった為、結局覆面は取れなかった。


「……いえ、感謝します。娘のロックバードさえ救ってもらえればいいと思っていたのに、私まで助けていただいて」

「とんでもない。むしろ私達に協力したせいでこんな目に遭わせてしまって……申し訳ないです」


 とはいえ、やはり顔に大きな傷を負っていても端正な顔立ちと溢れる妖艶な色気が隠しきれていない。仮に子持ちだとしても、メルディなら抱けるな……。


「親子丼も悪くないな」

「親子丼? 何それ?」


 おっと、また心の声がダダ漏れだったようだ。


「まさか生きて娘を抱き締められるは思っていなかったから……ねぇ、ロックバード」

「うん、お兄ちゃんには感謝しかないよ。お礼に何でもしてあげたいんだけど、お兄ちゃんは何が望みかな?」


 天使のように無邪気な笑みを浮かべながら「何でもしてあげる」だなんて、なんて罪作りな少女だろう。

 今回、幾度となく痛い思いをしたんだ。少しくらいは贅沢を言ってもいいんじゃないだろうか?


 だが、遠くから睨みを効かせた眼光が、容赦なく責め立てていた。


「サキ、アンタまさか……こんな小さな子に欲情なんてしないわよね?」

「は、はァ? いやいや、あの……ち、小さいとか関係ないだろう? こんな可愛い子に好意を抱かない方が失礼だと思わないか?」


 今度は引き気味の顔で後退りを始めた。待って、そんなに引かないで?


「近寄らないで、変態。今回はガチで引いたわ」

「待って、正直に答えた勇気を讃えてくれ」

「一生隠して欲しかったわ、アンタの性癖の広さは」


 いや、俺の性癖はともかく、生まれ育った村であれだけ酷い目に遭った彼女に迫る気は毛頭なかった。こうして親子が感動の再会を果たせただけで十分だ。


「けれどサキくん。君が覚醒者達を抱く者なんだろう? 遅かれ早かれ抱くのなら関係ないと思うけどね」


 ちょっとメルディさん、何てことを!

 せっかく綺麗にまとめ上げたのに台無しじゃないか。


 そりゃ、俺もそれが目的で覚醒者達を集めていたけど、モブの俺じゃ無理だろう。勇者の血筋は王族や選ばれし者主人公って決まってるんだ。


「……? まぁ、君にも予定があるのだろう。私も協力できることは何でもするから、遠慮なく言ってくれよ?」


 流石に古傷を負ったメルディを魔物が徘徊しているクルル山脈に連れて行くのは危険と判断した俺達は、彼女を近くの街まで送り届けて旅立つことに決めた。


 その間も親子水入らずで仲良くしているロックバード達を見て、目一杯癒された。

 あぁ、こんなことなら俺も、ちゃんと親孝行すればよかった。


 そもそも俺はなんで転生したのだろう? 


生前の自分がどうなったのかも、全てが謎に包まれている。


「やっぱ死んだんかな……。急に行方不明になったとかなら、心配してるよな」


 ようやく最寄りの街に着いた俺達は、久々にふかふかのベッドで眠ることできたのだが、寝付けなかった俺は、一人で窓の外を眺めていた。


 生前の世界と同じように、満点の星空に月が一つ浮かんでいる。違うのはモンスターや魔族が生存していることや、魔法などが実在していることくらいだろう。


 あと倫理観とか、男女の尊厳の違いだろうか? あまりに男にとって都合のいい世界過ぎる。


「あれ、お兄ちゃん。起きてたの?」


 床の軋む音と共に姿を見せたのは、毛布を握りしめたロックバードだった。何だ、彼女も寝付けなかったのか?


「こんな柔らかいベッドで眠ったことがないから……」

「まぁ、ジョカの村でしか過ごしてなかったら、そうだよな。あの村の文明は止まっていたから」


 ベッドだけではない。彼女にとっては見るもの全てが新鮮と驚きで溢れているだろう。色んなことを知って、色んなことを感じればいい。


「えへへ、毎日とても楽しいよ。これも全部、お兄ちゃんが助けてくれたおかげだね」

「違う違う、ロックバードが諦めずに頑張ったおかげだよ。俺はただ少し手伝っただけさ」


 なーんて、少しカッコつけたことを言ってみたり。彼女がお兄ちゃんなんて呼ぶから、つい見栄を張ってしまう。


「ほら、せっかくなんだから、ロックバードもゆっくり休めよ。明日からまた野宿生活が始まるからな」


 だが彼女は、モジモジしたまま動こうとしなかった。どうしたのだろう? 何か忘れ物か?


「あのさ、お兄ちゃん。ボク、お兄ちゃんにお礼がしたくて!」

「お礼? あぁ、ジョカの村のことか? それなら気にしなくていいって言ったのに。ロックバードは律儀だな」


 だが俺が思っていたよりもずっと、彼女は決意を固めて来ていたようで、覚悟を決めた顔で、そのまま飛びつくように抱きついてきた。


「ボクは覚醒者、いつか勇者の子供を産まないといけないって教えられてきた。でもボクは、初めて男の人とするキスは……サキお兄ちゃんがいい」


 ギュッと強く握り締めた手が、小刻みに震えていた。


 そりゃ、それは嬉しい申し出だが……きっと彼女は好意と恩義を重ねているのだろう。


「ロックバード、君はまだ知らないかもしれないけど、この世界は広くて——っ、」



 きっと君にも素敵な出会いが待っている、そう説得しようと思っていたが、それより先に小さな唇に塞がれてしまった。

 力任せに押し付けるだけの痛々しいキスだったが、俺には……どんなキスよりも胸が苦しくなった。


「お、おやすみなさい! また明日ね、お兄ちゃん!」


 真っ赤な顔を隠しながら、足早に去っていく姿を見送りながら、俺は蹲りながら悶絶を繰り返していた。



———……★



 ジョカの村までお読みいただき、ありがとうございました!

 やっと覚醒者が四人登場しました。次からはいよいよロバート皇太子を救う旅に出かけます(本当にいよいよです)


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