第22話 そんなこと、無理に決まってる

……ロックバード視点


 どんどん刻まれる紋章。痛みと屈辱に堪えた嗚咽が時溢れた。

 ようやく膨らみ始めた乳房の間から、へその辺りまで、何十もの文字が痛々しく並んでいく。


「ふひひっ、その泣きべそをかいた顔も唆られるのう。どう扱ってやろうかねェ……」

「嫌だ、触るな、変態! お前達が言っていた男よりもよっぽど気持ちが悪いよ!」

「何とでも言うが良い。どんなに嫌悪を示そうが、もう私のモノになるんだからな」


 グイーツの舌が肌を這い、胸元の先端を舐めた。

 全身に鳥肌が立つ。今までよく、こんな屈辱に耐えていたなと自分の神経を疑い始めた。


 ボクらは間違っていたんだ……。もう、今更気付いたった遅いけど。



 少女の目から希望の光が完全に消えた。絶望を写した目には、もう暗闇しか見えなかった。そしてまた、邪悪な者の目にも、欲望の対象しか映っていなかった。


 だから、その隣で……死に損ないが行動に移していても、気にも留めていなかった。


 すっかり虫の息だったメルディは、ロックバードが落とした短剣の柄を口に咥え、必死に身体を起こした。

 血塗れになって、真っ赤な皮下組織が露わになって激痛が走るが、愛する娘が助けを求めて泣いているんだ……!


 ここで力を振り絞らないで、いつ出すんだ!


 最期の力を振り絞り、彼女はグイーツの足に振り下ろした。深くは刺せなかったもの、痛みを与えて気を引くことには成功した。


 恨めしそうに睨みつける表情にメルディは幾分かの安心を覚える。

 そう、そのまま私を見ていなさい。私は最期まで足掻き続けるわ……この命が燃え尽きるまで——そう心の中で叫びながら、メルディは勝気に口角を上げた。


「この死に損ないが! さっさとくたばれ!」


 振り上げられた鞭に、もう覚悟を決めてメルディは強く目を瞑った。だが、いつまでも痛みが襲うことはなく、代わりに断裂魔のような声が部屋中に響き渡った。


 何なんだ?


「ふぅ、これは間に合ったのか? 手遅れなのか?」


 目を開けると、そこには手の平をナイフで射抜かれたグイーツの姿と、反対側から脇腹を抑えながら歩いてくる男性の姿が目に入った。


 まさか、嘘でしょう……? 

 あぁ、神よ、私は貴方に初めて感謝を伝えたい———……。


「ロックバード、メルディ、二人とも生きてるか?」


 もう涙が溢れて、まともに答えることができなかった。必死に、何度も何度も頷くことしかできなかった。


……サキ視点


「待ってなよ……今すぐ施錠を外してやるから。もう壊した方が早いよな?」


 鉄で出来た鎖をいとも簡単に引き千切り、メルディの束縛を解き放った。酷くただれた皮膚や傷にも目を背けることなく、彼は優しく微笑んで「もう大丈夫だから」と肩を抱いてくれた。


 そして娘のロックバードに目をやり、顔を顰めながら胸元を隠してあげた。


「こんな健気な子に傷を刻みやがって! クソババァ、テメェは絶対に許さねぇぞ!」

「ひぃぃッ! お慈悲を、どうかお慈悲を!」

「ふざけるな! テメェは今まで何人の女性の悲痛な叫びを無視してきたんだ! 自分の時だけ助けてもらえるなんて思うなよ……?」


 二人だけじゃない。きっと今までも大勢の女性をなぶってきたに違いない。

 だが、それでもロックバード達にとっては、共に過ごしてきた人間……死に顔を見せるのは酷だと判断したサキは、グイーツの顔に布を被して、そのまま剣を貫いた。


 悲痛な断裂魔が鼓膜を震わせた。だがその声が消えた頃、やっとロックバードの身体に自由が戻った。


「動く……っ、お兄ちゃ……、お母さん……!」


 傷だらけになっても生き抜いた親子は、力一杯互いの身体を抱き締めた。


 そんな二人の姿を優しく見守りながら、サキも垣間の休息を取るように腰を下ろして、大きく一息吐いた。

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