第21話 手を伸ばした先には

 元々、皆が家族という認識のジョカの村には、血の繋がりなどは左程重要ではないようだった。

 むしろ特別扱いになるので引き離されることが多いし、本人にも告げられないまま育てられるそうだ。


 どうせ死ぬまで一緒だから。しかし覚醒者であるロックバードだけは例外だった為、メルディは自分が母親だと告げたそうだ。


「皆の前では知らないふりをしていたけど、二人きりになった時には沢山抱き締めてくれたし、ボクの知らないことを色々教えてくれたよ。本当はもっと色んなことを教えもらいたかったけど」


 それが俺達の訪問で壊れてしまった。


 まさかこんな事態になると思っていなかったとはいえ、申し訳ないことをしたと痛感した。


 だがロックバードはかぶりを横に振った。


「違うよ、お兄ちゃん達じゃないとダメだったんだ。これがボクとお母さんの運命だったんだよ」


 今、彼女の顔は見えないけれど、必死に耐えている表情が目に浮かんだ。違うぞ、ロックバード。俺とお前で救いに行くんだ。


「俺が囮になるから、先に助けに行け」

「けど……! そんなのお兄ちゃんが危ないよ!」

「いいんだって。任せろよ、それくらい! 俺はそんなに弱くねェからな」


 薬物で操られていたロックバードには敵わなかったが、村の戦士くらいなら俺一人で十分だ。むしろメルディの救出という重大な役割を一人に追わせる形になって申し訳ない。


「ううん、大丈夫。村の構造を知ってるボクの方が最適だもん。それに——ボクが助けたい」


 二人で顔を見合わせ、大きく頷き、そのまま二手に別れた。さてと、どう暴れてやろうか?


 一人で目一杯暴れるのもいいがそれでは限度がある。村の周りを見渡すと大木の下で眠りについたカウカウドゥの群れを見つけた。


 コレだ……。


 息を潜めて枯れ草を捩り、尾に結び付けた。後はこの着火石で火をつければ完成だ。


 せっかくスヤスヤといい夢心地だったのに、お尻に熱を感じたカウカウドゥ達は、一際大きな声を上げながら走り出した。


 おぉ、おぉ、これは中々壮絶な光景だな。村に誘導する為に一気に走り出したが、命の危機が迫った奴らは早かった。あっという間に距離を詰められ、その巨体で大きく弾き飛ばされた。


「ぐっ———ッ!」


 内臓が押し潰される。まるで大型トラックに衝突されたような衝撃が襲いかかった。脳天を激しく揺らされ、目の前が何重にもブレた。腕も上手く力が入らない。


 けど、ここで止まったらダメだ。走れ、走れ、走れ!


 村に近付くと暗闇に浮かんだ火に気付いた見張りがカンカンと警報を鳴らし始めた。慌ただしくなる、よし、もっと騒げ!


「オラオラオラ、出てこいよ! お前らの大事にしてるもん、全部壊してやるよ!」


 武器を持った巨体の女性達が群がってくる。来い来い来い! 少しでもロックバードが向かいやすいように、集まりやがれクソッタレ!


 ▲ ▽ ▲ ▽ ……ロックバード視点


 一方、身を潜めて侵入していたロックバードは、奥の調教部屋へと向かっていた。


 鼻腔を突く麻薬の匂い……この匂いを嗅ぐと正気を失いそうになるが、必死に唇を噛み締めて耐えた。

 今はそれどころじゃない。


「負けてたまるか、ボクが……お母さんを救うんだ!」


 頬の辺りに短剣を添え、薄く線を描いた。じわりと浮かび上がっった血と痛み。これで大丈夫だ。


 本当は諦めろと言われると思っていた。だってこんな面倒なことを命を賭けてするなんて、普通の人じゃ有り得ない。


 意外とこの世界の命の価値は低いのだ。

 今までも何十人と殺された同胞を見た。しかも昨日まで家族と呼んでいた人を、家族が殺すのだ。


「此奴は男に誑かされた女狐なんだ。他の者が狂わされる前に処罰せんとな」


 それまでそれが当たり前だったから気にしなかった。全部、あの人達が悪いんだ。村のしきたりを破るから。


「可愛い可愛いロックバード……お前はずっと私の側におるんだぞ? このツヤツヤで柔らかい肌で、私のことを抱き締めておくれ」


 そう言って、長老達はボクの身体をまさぐり、執拗に溺れさせた。皆が通る道だから、これが愛の境地だって言われて耐えるしかないと思っていた。


 拒否すれば「家族の愛を裏切るのか!」と罵られ、ご飯抜きにされたり、尻叩きの刑と血が出るほど鞭で叩かれたこともあった。


 でもそんな時、いつもお母さんが助けてくれた。ボク以上の酷い発言をして矛先を変えてくれたり、身体を差し出して身代わりになってくれたり……。思い出せば思い出すほど愛しさが増す。


「お母さん、お母さん……お母さん!」


 最後の扉を開くと、そこには非情な光景が待ち受けていた。首を鎖で括りつけられ、家畜のように束縛された母。

 古傷を覆っていた布は剥ぎ取られ、新たな生傷が全身に刻まれていた。


 血が沸る、誰がこんな酷いことを……!


 あまりの怒りに体温が上昇しているのがわかる。奥歯も擦り切れそうだ。


「おや、ロックバード。戻ってきたのかい? いい子だね」


 その声に大きく肩が揺れた。長老グイーツ。

 コイツが、コイツがお母さんを!


「ロックバード、お前は今まで育ててくれたに手をあげるのかい? は悲しいよ」

「黙れ! ボクのお母さんは、メルディだけだ‼︎」

「違う、そいつは異端者だ。男に現を抜かし、誑かされた淫らな女よ」

「違う違う違う……っ! そもそも男は、悪い奴じゃなかった! お前らは嘘吐きだ!」


 その言葉に目の色を変えたグイーツは、ブツブツと詠唱を口にし始めた。


 何……? 首元が、苦しく……っ!


「かは……っ、な、何?」

「お前は大事な娘だから、手荒なことはしたくなかったんだがな。この愛らしい見た目も、未発達な幼い体も、出来ることなら傷つけたくなかったんだが……」


 息が出来なくなり、首を引っ掻きながらもがくロックバードの前でグイーツは小さなナイフを取り出して彼女の胸元を切り裂いた。


「自我はなくなるが、一生私の言いなりになる隷属呪詛を刻んでやるよ。なぁに、痛いのは一瞬だよ」


 嫌だ嫌だ、もうこんな奴らの言いなりになんて、なりたくない!


 だがロックバードの願いとは裏腹に、少女の柔肌に紋章は刻まれ出した。

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