第18話 都合のいいことばかり並べやがって!

 複数の見張りが異端者を侵入させまいと厳重な警備を担っていた。


 その筋肉は一般成人男性よりも逞しく、素直に白状すると俺は彼女達を女だからと油断……いや、舐め切っていた。


 村に入った彼女達は女性なので乱暴に扱われることはないだろう。きっと同性同士大事におもてなしを受けているはずだ。あわよくば百合のように繊細で甘い、宝塚劇場が繰り広げられると期待していた。


 だがよくよく考えたら、性の対象が女性が相手なら、飢えた男と大して変わらないんじゃないだろうか?


 しかもという憎い男といた女達。セシルもリースも俺のことが大好きだからね、人の気持ちばかりは仕方ない。


 だが、村の女性達は面白くないのだろう。

 男なんて必要ない。男に現抜かした女には天罰を——……って言いかねない雰囲気が漂ってるんだよねー、この村。


 ある意味、揺るぎない拘りって、一番オカルト染みてるよ。あー、本当にヤダね。


「セシルやリースのように本番エッチが出来なくて触って慰め合うしかないなら分かるけどさ。自ら異性を捨てるって、どういうつもりなんだろうなー……」


 俺も未経験だが、おそらく気持ちいいはずなのに。食わず嫌いで残す子供と変わりないな。


 縄文時代や弥生時代……そんな歴史の教科書に載っていた雨風凌げて寒くなければいいくらいの、そんな野生さが残る家屋の屋根裏で、俺は息を殺しながら侵入を試みていた。


 隠密行動も男のロマンだよな……厨二臭くて意外と楽しんでいる自分がいる。仲間が危ない目に遭っているかもしれないというのに、不謹慎だよね。


 それにしても、意外と広いな。

 大きな家屋に皆で衣食住を共にしているのだろうか?


 男がいないと家族の概念がないから、ある意味種族全員が家族という認識なのかもしれない。


 だからさっきの口角に傷を負わされた鑑定士のように、規則から外れて男性に惹かれた人間に罰を与えて、しきたりを守ってきたのだろう。


 水に朱が混じれば、もう純水ではいられない。もう戻れない。


 きっとうねりを帯びながら、ゆっくりと紅く染めるから。


「………にしても、スゲェ世界だな、おい」


 細かい仕切りの向こうは、きっとプライベート空間なのだろう。


 例えるなら、ホテルの一室のような小さな部屋に最低限の簡易ベッド。

 その一室一室でイチャイチャするジョカの女性達。

 一心不乱にキスをして、身体を快がらせ、擦らせて。


 生々しいったら、ありゃしない。


 中には獣のように快楽に覚えている人もいた。


「俺が思っていた百合はAVで、現実は無修正って感じだな……」


 加工された美に興奮していた自分が情けない。結局、男も女も気持ちいいという感情を前にしたら変わりないってことだな。


『……と言いつつ、これはこれでアリだと思っているムスコが情けないな』


 未経験なのに動画見すぎて、豊富な知識で普通に満足出来なくなったプロ童貞だ。

 下手に拗らせてしまう前にサクッと済ませておきたかったな。だからと言って誰でもいいわけじゃない。ちゃんと好きな人と経験したいけど。


 奥の部屋で喚く声が響いた。野太い声の中に聞き慣れた甲高い声が混ざっていた。


 セシルだ。やはり密告者の言うとおり、彼女達は窮地に立たされていたようだ。こんな性欲モンスターの巣窟の中で、必死に身を守っていた。


「離れてよ! 私達はアンタ達の慰め者になるために来たんじゃないんだから!」

「何を言ってる。お前達もどうせ二人で遊んでるんだろう? 二人も三人も、その他大勢も変わらん」

「変わるっていうの! 私は好きな人じゃないと嫌なのよ!」

「まぁ、セシルさん。それは私のことを好きだと認めてくれてるってことですか?」

「リ、リースお姉様は黙ってて下さい! 話がややこしくなる!」


 きゅ、窮地なのか、余裕なのか分からないな、おい。


 だが部屋に引き篭もって必死に貞操を守る姿にはキュンときてしまう。ただ、そこに俺はいるのかは定かではないが。


「セシルの奴、すっかりリースさんに骨抜きされている気がするが」


 俺は二人の近くに静かに飛び降りた。思わぬ登場に驚いた表情をしていたが、頼むので隠密でお願いします。


「ここにサキさんがいらっしゃるってことは、メルディさんと会えたんですね」


 コソッと呟くリースに頷いた。やはり彼女を寄越してくれたのはリースだったのか。

 鑑定も無事に終わったし、あとはロックバードの協力を得られればジョカの村に用はない。


「あのね、私達も説得しようと思って覚醒者の話をしたんだよ? でもね、アイツら……『ロックバードはこの村の宝、絶対に渡さない』の一点張り。しかも私達まで監禁しようとしてるんだから!」

「そりゃ許せないな。世界の危機だっつーのに」


 ところでセシルさん、そんな大声で話されたら俺がここにいることがバレてしまうんですが?


「もう強行突破しかないかもしれないですね。魔法で壁を破壊しちゃいましょうか?」


 しちゃいましょうか(ニッコリ♡)じゃないよ、リースさん。アナタはこのパーティの唯一のブレーンなんだから、もっと冷静に素晴らしいアイディアを練って下さい。


「でも私達が破壊しなくても、彼女達が壊しかねないわよ? ホラ」

「え?」


 その瞬間、バキバキバキィっと大きな亀裂音と共に血眼になった屈強な女戦士達が部屋に雪崩れ込んできた。


「男! なぜいるんだ!」

「えー、何故って……愛する女性の為に、危険を犯してまで救いに来るのが俺の役割でしょ?」


 二人を両手で抱き寄せて、自慢気に言い放ってやった。

 美人を侍らせて、めちゃくちゃ気持ち良いなー、コレ!


 けど頭に血が昇った彼女達にはそんな美学は無用の産物で、斧や鉈をブンブンと振り回してきた。分厚い鉄の塊は全く鋭さがなくて、もがき苦しむこと間違いない。一思いにスパッと切れてしまった方が、どれだけ慈悲深いだろう。


「女性を傷つけるのは、俺のポリシーに反するんだけど」


 この場合はやむ得ないよな。

 襲いかかる戦士達を一人一人相手し、演舞のように手元や急所を狙って、戦意の喪失を図った。

 ゴブリンやオークに比べれば遥かに容易いが、手加減をしなければならないのは苦労した。


 その背後ではリースが壁を破壊し、脱出のルートを確保してくれていた。やっぱり攻撃魔法があると便利だね。


「サキさん、行きましょう!」


 あとはロックバードと合流し、外へ出るだけだ。そう思っていたけれど事態はすんなりとは展開してくれなかった。

 引き気味になった女戦士の間をすり抜けて飛び出してきたのは、小柄で素早い……!


 彼女の姿を捉えた時には、すでに目の前まで剣を振り上げていた。無表情のまま無慈悲に握られた剣に一層の力が籠められた。


「ロックバード……っ!」


 避けることも出来たのだが、予想以上の素早さと自分が知ってる彼女でないことに驚いたせいで、判断が鈍りそのまま腕で受け止めてしまった。


 痛ェー……、これは久々に味わう激痛だ。いくら籠手をつけていたとはいえ、この鍛えられた筋肉に傷をつけるなんて見た目に反してやるな、コイツ。


「………村に災いをもたらす者には、死を」


 おいおい、君はそんな物騒なことを言う子じゃなかっただろ?

 可愛い純粋な子に戻ってよ、ロックバードちゃん。


 薬物なのか催眠なのか、大きく開いた瞳孔の目は、濁っていて全く魅力的に見えない。


 最低だね、本当に。

 こんな村、さっさと崩壊してしまえば良いのに。

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