第17話 居心地のいい村
「もう、いくら男性禁制だからって、ここまで邪険にしなくてもいいのにね。今からテントと寝袋を持ってくるから、お兄ちゃん待っててくれる?」
久しぶりに触れた人の優しさに、思わず涙が溢れそうになった。どんな人に育てられたらこんなに真っ直ぐで優しい子になるのだろう?
あ、そうだった。あの○ね、○ね叫んでるお姉様達に育てられたんだったね。
ブレずに育ってくれて、本当にありがとう。心から君の優しさに感謝したい!
「ところでさ、こんな酷い目にあってもここにいる理由は? 何が目的なの?」
猫目のように釣り上がった大きな目を悪戯に細めてニヤッと笑って。そんな表情もできるなんて小悪魔だね。
「君を攫いにきたんだよ、お姫様」
違った、覚醒者様だった。
まぁ、いっか。君はあの村の大事な姫に変わり無いだろう。
ロックバードはキョトンと豆鉄砲を食らった鳩みたいに驚いていたが、時間差で顔を真っ赤にしてオーバーに恥ずかし始めた。
「な、何を言ってるの、お兄ちゃん! ボクとお兄ちゃんは初めて会ったのに、そんな! 困っちゃうよ!」
お、おぉ、何だこの新鮮な反応は。
モテ慣れた女性ばかり相手にしていたから、この初心な反応が可愛い。
「もう、そんな冗談を言ってたら何もしてあげないぞ?」
今度はプンプンと頬を膨らませて、シマリスみたいな顔が愛らしい。もうギュッと抱きしめてもいいですか? いいよね、だってこんなに可愛いのが悪い。
「せっかく心配してきてあげたのに、意地悪なお兄ちゃんなんて知らない!」
「え、もう行っちゃうの? 君が行っちゃったらまた一人ぼっちになっちゃうんだけど!」
わざと困ったように引き止める。本当は一人でも問題ないんだけど、きっとこの子には有効な駆け引きだろうから。
ほら、きっと頼られるのが好きなんだろう。ロックバードはニヤッとと笑うと、小さな胸を寄せるように腕を組んで振り返った。
「ボクが行っちゃうと寂しい? それじゃ、また戻ってきてあげるよ。お兄ちゃん一人じゃ、可哀想だしね」
———ッ、KAWAII!
くっ、これまでロリコンの気持ちなんて理解できなかったのに、今なら1ミリも紛うことなく理解できる。この無邪気に向けられる好意、穢れのない真っ直ぐな瞳、新たな扉がバーンと開かれてしまった。
「ボク、こう見えても村一番の勇敢な戦士なんだよ? お兄ちゃんが危なくなったら、ボクが守ってあげるからね!」
ふふ、俺もそれなりに腕に自信はあるんだけど、そこまで言うなら守ってもらっちゃおうかなー。
何だろう、この可愛い生き物はずっと見ていられるぞ?
そう眺めていた時だった。息を潜めて近付いていたデザートスネークの存在に気付かず夢中になっていると、僅かな殺気を感じ取ったロックバードが一瞬で距離を縮めて強烈な蹴りを咬ましてきた。
「———っ、マジか……‼︎」
俺ですら気付かなかった存在を、こんなにも的確に仕留める正確さ。数メートルの距離を一気に詰めた強力な脚力。何よりも猛毒を持つモンスターにも怯むくこなく立ち向かう勇気。
純潔の戦士の名は、伊達ではなかった。
「お兄ちゃん、やっぱりボクが必要みたいだね。すぐ戻ってきてあげるからちょっと待っててね?」
そう言って彼女は、振り返ることなく村へと帰っていった。
きっとすぐ戻ってくるつもりだったのだろう。俺も嘘をつくような子じゃないと信じて待っていた。そう、ずっと、ずっと、ずっと……。
空は茜から暗闇へ、そして灼熱だった温度も、ガタガタと震える真冬を連想させる寒さが襲ってきた。
じ、死ぬ!
「ロックバードは、何で来ないんだ?」
俺は裏切られたのか?
いや、きっと何か事情があるに違いない!
たとえ悪魔が来襲してきて大変だったとか、隕石が落下してきたんだとか、おばあちゃんとお母さんとお姉ちゃんが急に具合が悪くなったとか、そんな見え見えの嘘を吐かれても信じてやる!
だから言い訳を言いに帰ってきてくれ!
「男、ロックバードは来ないぞ?」
澄んだ声が届いた。
振り返るとそこにはローブで肌を隠した女性が立っていた。年齢は三十路くらいだろうか。目元しか見えないので、何もかもが憶測でしかない。
「お主の仲間から頼まれてね。鑑定希望だってね? 私は大したことは見えないけれど大丈夫かな?」
あぁ、そういえばリースが言っていたな。ジョカの村には鑑定士がいるって。
え、俺、この先の展開を大きく揺るがしかねない事実を一人で受け止めるの?
万が一最悪な結果を告げられた時、誰にも慰めてもらえないの?
早い展開に思わず狼狽えた。
せめてセシル、リース……そして天真爛漫に笑うロックバードにそばにて欲しかった。
「それでは鑑定に入る。よろしいかな?」
「待って、待って待って! まだ覚悟が決まっていな———っ!」
そんな制止の声など聞き入れてもらえず、鑑定士はまばゆい光を放ち出した。目が眩む、暗闇に目が慣れ始めていたから、余計に堪える。
「………ふっ、いらぬ心配だったな。安心したまえ。君はちゃんと
「え、そうなの?」
あっさりと告げられた答えに拍子抜けした。
だって物語的には、俺が魔族の方が美味しいだろう? てっきり転生の女神は、俺を犠牲に盛り上げるかと思っていたのに。
「ただ……この世界のかと聞かれたら、はっきりと断言はできないけれどね」
鑑定士の女の言葉に思わず顔が引き攣った。マジか、コイツ。意外とマジな奴?
仲間にすら秘密にしていることをこの怪しい見知らぬ女に告げてもいいのか?
俺は異世界からきた人間ですって……。
「———これ以上の詮索はやめておこう。ところで君、随分と魅力的な女性ばかり侍らせているようだね。やっぱり美しい女性は君のような逞しい男を好むものなのかな?」
「へぇ、お姉さんのようなミステリアスな人に褒められると嬉しいね」
「私はまだ理解のある人間だからね。けれどあの村の大半の女は君のような男を異端者と扱うので気をつけた方がいいよ?」
彼女はローブのローブ部分を取り、隠していた表情を見せてくれた。
そこにあったのは大きく裂けた口角を縫った痛々しい傷跡。せっかくの綺麗な顔が口裂け女を連想させる顔立ちに変わり果てていた。
「私が男を知る前までは、それはそれは大事にしてもらえたんだよ。とても居心地の良い村だった。でもね、数年村を出て男を知った私を待っていたのは、残酷な仕打ちだったよ」
彼女は再びフードを被り直した。
きっと女性にとってあの傷を曝け出すのは、自尊心も傷付き、怖かっただろう……彼女は危機を知らせるために見せてくれたのだ。
「ロックバードはこの村の女にとって絶対的な象徴なんだよ。彼女が裏切るのは絶対に許されることではない」
それは、男に心を奪われることだろうか?
「鳥籠から飛び立たれるくらいなら、翼を折ってしまうような人間なんだよ、この村の女達は。君は本当にこんなところでガタガタ震えていていいのかな?」
良くない!
俺は危険を犯してまで知らせてくれた彼女に感謝をして村を目指した。
たとえこの命が奪われようとも、彼女達を守らなければ!
「ふふふ、やはり若いっていいな。何十年ぶりだろうか、この心が踊るような躍動感は」
フードを被った鑑定士は、走るサキの姿を見て細く微笑んだ。
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