第15話 俺は何を見せられたんだ?

「———っと、何だ何だ?」


 ベッドから跳ねるように目を覚ました俺は、やけに生々しいやり取りに興奮を抑えきれなかった。


 男あの顔に見覚えはあった。

 ただそれは、その男になりすました鬼畜な偽物だったけれど。


「ロバート皇太子と天然娘エディか」


 二人が身を隠していた場所も、皇太子の反応を示していた場所と一致している。都合のいい夢というには出来すぎている。


「くくっ、もしかしてこれは……ついに俺にも発動したか、特殊スキル」


 俺は左手で顔を隠して指の間から目を覗かせて輝かせた。厨二らしいが、拗らせ男子なら一度は憧れたポージングである。


「千里眼、発動!」

「んん……っ、サキうるさい……」


 隣のベッドで眠っていたセシルが寝惚けながらツッコミを入れてきた。

 狭いベッドでリースと共に肢体を絡ませて、全くけしからん光景だ。


 どうせならダブル、いやキングサイズのベッドで三人仲良く眠ればよかったのに。

 同じ部屋で寝ているのに、ツインとか何なの?

 信頼しているのか警戒しているのかハッキリしてくれ。



 とはいえ、夢だよな……やっぱり。


 だが現実だとしたら非常にヤバくないか? 

 弱い二人が魔族の巣窟で身を隠して、いつまで耐えられるのか分からない。早く助けに行かねぇと。


 しかしこの話をしたところで、セシルもリースも信じてくれるかと言ったら自信がない。俺ですら信じられないのだから。


「あー、この世界って何で連絡手段がないの? 誰かスマホ……いや、電話でもいいから発明してくんないかなー」


 ダーナイトのように機械文明が発展した国でも見かけなかったので期待は出来ないのだが。

 それでも俺のような転生者の中で、発明家がいてくれたら非常に助かるんだけどね。


 ▲▽▲▽


「連絡手段ですか? それならテレパスとかどうですか?」


 翌朝、二人に相談したところ、思いがけない答えが返ってきた。


 あ、あるんだ。

 そうか、既に手段があるから発明されないのか。


 妙な納得を覚えながら、俺はリースの話に耳を傾けた。


「むしろサキさんが見たその光景こそ、テレパスの一種かと……。そのエディという子が補助魔法を得意とするなら、その子の能力かもしれませんね」

「あ、俺の能力じゃなくて、相手の能力ね」


 危ねェ、もう少しで二人に千里眼発動って決めポーズをとるところだった。行っていれば蔑まれた視線は避けられなかっただろう。


「ちなみに俺達からはメッセージとか送れないのかな? 相互に情報を共有し合えればいいなーって思うんだけど」

「補助魔法に長けた者なら可能かもしれないですが、珍しいジョブなんですよね」

「ってことは結局、俺達からアプローチするしかないのか」


 とりあえず、一緒にいるのがゴブリンじゃなかったことに安心した。精は吸い尽くされるかもしれないが、命を取られるよりはマシだろう。


 むしろ羨ましい。俺もエディちゃんみたいな純情天然少女に迫られてイチャイチャしたい。


「それにしても、サキさんって、つくづく覚醒者と縁があるんですね」


 リースの言葉に「え?」と聞き返した。

 俺が? 何で?


「何でって、私の方が知りたいです。本当に何者ですか? 記憶喪失って聞きましたが、本当ですか? 詮索されるのが嫌で隠しているとか」


 うん、記憶喪失は間違いない。

 だって俺はこの身体の主の記憶は一切ないのだから。


 そしてこの世界にどれだけの転生者がいるか分からないので迂闊なことも言えない。もしペナルティが発生したりしたら大変だしな? 一切の苦情は、転生女神にお願い致します。


「でも只者ではないのは確かよね。だって私もサキを初めて見た時は衝撃的だったもの。運命の相手かと思ったわ」


 そう教えてくれたのは、支度を終えたセシルだった。寝巻きの薄いワンピースから冒険用の動きやすい服装に着替え終えていた。


 その話は初耳だ。てっきり村長の孫娘として訪問者をもてなすために側にいてくれていたのかと思っていた。


 もちろん、俺はセシルのことは最初から好きだったけど?


「だって整った顔にこの目立つ黒髪と筋肉、最初はどこかの国の王子かと思ったもの」

「その割には最初から毒舌全開だったけどね?」

「サキが眠っている間にギルドに問い合わせたのよ。国際問題になっても困るからね。けれどどこの国の王族一覧にも登録もない上に貴族の不明者登録もされていない。一般人だって分かったから遠慮する必要はないでしょ? まぁ、その一般人が登録してるギルドにもなかったけど」


 うん、お偉いさんでも一般人でも、差別をするのはやめような?

 俺が変態マゾだったから許されたようなもんだからね?


「けれどオカシイですね。サキさんほどの人なら、ギルドに所属していない方がおかしいのに」

「そうなの? 俺、その辺もよく分からなくてさ。ちなみにギルドに入っていると何か得なことでもあるの?」


 あ、セシルもリースも呆れた顔をした。そんなことまで知らないのかって顔に書いてある。


「あのね、むしろギルドに所属しないと仕事も融通が効かないし、買い物や移動手段も限られてしまうのよ。ギルドの所属が身分証明みたいなものだからね」


 ほう、そうなのか……。


「冒険者だけでなく、商人、学者、帝国に従属しているも兵士もそれぞれのギルドに入っています。最近は子供も学びの、そして農家もギルドを作って入っていますよ?」

「ってことは、どういう人間が入ってないことになる?」

「まだ乳離れをしていない子供とか……もしくは働くことも学ぶこともできない浮浪者とか?」


 ぐは、後者の可能性が高いのかー。中々堪える現実だね。


「それか……貴族な王族の隠し子とか? 世間から隔離されていた人間ならあり得るんじゃない?」


 隠し子?

 不穏なワードに部屋の空気が微妙な雰囲気になった。


「貴族の隠し子とか、あり得そうじゃない? この見た目に鍛えられた身体。記憶を失ってもったいないことをしたかもしれないね、サキ」

「はは、そうかもしれないねー」

「もしくは魔族とかですかね。その黒髪に漆黒の瞳。人間離れした力とか。それなら人間のギルドに所属していなくてもおかしくありません」


 冗談のつもりで言った言葉だが、あまりにも一致して言葉が出なかった。


 って言うか、俺も思ったんだよ。俺の見た目ってどう見ても悪役だ。


 だが自身のことを何一つ分かっていない俺には、確認する方法がない。どうするべきか?


「……種族の確認なら方法がないわけじゃないです」


 重い空気を破ったのはリース。だが彼女の表情も暗く、あまり良い吉報ではないのかもしれない。


 そりゃそうだ。これでもし俺が魔族だと判断されれば、討伐の対象に成りかねない。


「あ、私はサキが何者でも気持ちは変わらないわ! 周りを敵に回しても、あなたの側にいてあげるから」

「私もです。サキさんは命の恩人ですから」


 セシル、リース……!

 二人とも何て出来た女性なんだ! 惚れ直すだろう!


 でもそれなら、何であんなに深刻な顔をしていたのだろう。


「それは……本来の目的であるロバート皇太子の救出を後回しにしてしまうからです」



 ———あぁー……そう言うことか。


 まぁ、もう散々先送りにしてきたし、思っていたよりも命の危機もなかったし、大丈夫じゃないかな?


『ロバート皇太子、もう少しだけ辛抱していてください。必ず、必ず助けに参りますから』


 そう心の中でまた謝って、俺らは祈祷占い師が住む女人だけが住む【ジョカ】の村を目指すことにした。

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