第9話 伝説の黄金鳥を目指して

 黄金鳥———それは幻の金の卵を産む鳥。鉱山に住み着くその鳥は、岩や土を主食として食すが、その際に金だけを体内に蓄積して黄金を排出すると言われている。短命の為、滅多に人の目に触れることのない伝説の鳥と語り継がれていた。


「その鳥を無事に捕獲することができれば、売春紛いなことをしなくても、孤児達を守ることができると思うんです。私を解放させたいのなら、その鳥を捕獲してくださいませんか?」


 理屈は分かった。筋も通っている。


 だがそもそも俺達は、行方不明になったロバート皇太子を救出するために旅に出たはずなのに、こんな寄り道をしてもいいのか?



 深い森林の奥にある洞穴、黄金鳥の眠る棲家。俺は惚れた推しを孤児院から解放するために、幻の鳥を目指して最下層を目指した。


 しかし日の差さない暗闇の洞穴は、カビ臭い、苔で滑る。

 毒を持ったスライムがウヨウヨしていて油断ならない。一匹ですら苦戦したゴブリンも徘徊しているし、まさに命懸けの頼まれごとだった。


「おいおい、おかしいだろう? 何で一般人の俺が命を賭けてるの? こんなところでくたばっても、誰にも葬ってもらえないじゃん!」


 どうせ死ぬなら、セシルやリースとイチャイチャしながら腹上死したい。いや、そもそも童貞のまま死ぬなんてあり得ない。


 こうなったら意地でも見つけて生捕りにしてやる!


 血塗れになった手にナイフを括り付け、岩柱の背後に潜んでいたゴブリンに切り付けた。

 緊迫した空気、ぶつかり合う殺気。いくら魔物とはいえ、肉を切り裂く感触は慣れない。


 だが、やらなければこっちが殺される。

 馬乗りになって滅多刺しするが、相手も諦めが悪かった。鋭利な爪が皮膚に食い込む。痛みが全身に響くが、止めたらダメだ。

 震える腕に力を込めて、絶命最期の太刀を振り下ろした。


 ——とはいえ、どれくらいの時間が経っただろう。


 一体の魔物を倒すのですら、このザマだ。最底辺に着く頃には、ボロ雑巾のように変わり果てているに違いない。


 だが、男には無理だと分かっていてもやらなければならない時がある……!

 惚れた女の願いも叶えられないなんて、男じゃねぇ。回復薬ポーションの蓋を開封し、咥内に流し込んだ。五臓六腑に沁み渡る。


「まだまだいける、俺なら行ける!」


 自らを鼓舞し、次の魔物に奇襲を仕掛けた。



 一方、宿に戻らないサキを心配したセシルは孤児院を尋ねたが、リースの告白に言葉を失い顔面を蒼白にして絶望した。


「黄金鳥を捕獲しに行った……? 嘘でしょ、あの洞穴は帝国の先鋭隊でも苦戦するというのに?」

「ふふっ、随分と意気込んでいらっしゃいましたよ? 必ず捕獲すると」


 何がふふっ、だ! セシルは無責任に微笑むリースを強く睨み付けた。


(この女、自分が言ったことを分かっているの? あの馬鹿は人のことを鵜呑みにする大馬鹿者なのよ? なのにこの人は!)


「黄金鳥なんて子供向けの御伽話おとぎばなし、実在しない鳥じゃない! いもしない鳥を探させるなんて!」

「そうですよね。私も孤児院の子達に何度も話しています。この国の人なら誰でも知っている夢物語です。すぐに出て行ったっていうことは、彼も諦めてくれたってことでしょう?」


 共に来てほしいと言った割に、簡単に見捨てて……情けない男よね。人にバレないように嘲笑して噛み殺した。


 最初見た時は、性処理係としか見てないクズ達とは違って好意を抱きそうになったけど、所詮は男……女の為に一肌脱ぐなんて、あり得ないことなのに。


「違う……サキはそんな男じゃない。アイツは黄金鳥を見つけるまで絶対に諦めないわ」

「その根拠はどこから湧いてくるんですか? 男なんて信じるだけ無駄じゃないですか?」

「ううん、そんなことない。だってサキは……救いようのない馬鹿だから」


 …………期待していた言葉じゃなかった。


「あの、そんなことを言われても、どう反応したらいいのか分からないんですけど?」

「しょ、しょうがないでしょ? 私とサキだって、知り合ってそんなに経っていないんだから! けどあの馬鹿は、無駄だと分かっていても人のことを信じる奴なの。それだけは分かるの」


 所詮は根拠のない自信ってことでしょ? まぁ、何にせよ子供達を見捨てることなんてできないから、早く諦めてくれたらいいんだけど……と、リースは鼻先で笑うように流した。


「だったらアナタもこんなところにいないで、早く彼を止めに行ってあげたら? 本当に死んじゃうわよ? あの洞穴に入って帰ってきた人なんていないんだから」

「くっ、この人手なし……!」

「あぁ、アナタ一人じゃ洞穴に辿り着くこともできないでしょうね。私の顧客で格安で護衛してくれる人もいますから、紹介してあげましょうか? アナタなら簡単に満足させることができると思いますよ」

「結構よ! 誰が男なんかに媚びるって言った? 私に触ることができるのはサキだけよ!」


 セシルが大声で意思表明を叫んだ時、ドンと扉が蹴られる音が響いた。誰……?


「あれ、セシルも来てたのか?」


 姿を現したのは満身創痍の血塗れのサキだった。そんな見た目とは裏腹に拍子抜けの言葉を発した彼に、二人は目開いて駆け寄った。


「サキ、大丈夫? 怪我だらけじゃない……」

「あー、流石に死ぬかと思ったねー。おかげでレベル爆上がり、ナイフでオークをぶっ倒したぜ?」

「は? オーク?」


 サキの言葉に二人は言葉を失った。え、俺、何かおかしいことを言った?


「え、サキ……一人でオークを倒したの?」

「う、うん……倒したけど、何? だって最下層まで行かないと黄金鳥は見つけられないじゃん? あー、でもさー、いくら探しても見つけられなくてさー。だから俺、代わりの方法を見つけてきたよ」


 そう言って廊下から取り出したのは、大袋に入った大量の金貨。キラキラと煌めく夢のような光景が目の前に広げられ、リースもセシルも絶句した。


「要はさ、孤児院を存続させればいいんでしょ? だから手当たり次第、貴族や兵士に喧嘩を売って金を稼いできました。この世界って弱肉強食だからねー……。皆、これからも孤児院の為に喜んで寄付しますって約束してくれましたよ?」


 この一帯の兵士や貴族に? 嘘でしょ? だってここは腕っぷしに自信のある奴が集まるダーナイト帝国の支配街よ? 一般市民なんて、一発殴られて終わりなのに……?


「だからさ、もうリースさんが身体を売る必要なんてないんだよ? これからは俺が守ってやるからさ」


 瀕死にも関わらず守ると宣言したサキに、リースもセシルも胸を射抜かれて悶絶した。


 この馬鹿正直な男のことだから、きっと無自覚なのだろう。無意識だから余計に困る。


 こんなの、惚れない方がおかしいでしょ?


 今までは身体目的の男ばかりだった。皆、性欲を満たせばそっぽを向いて去っていく奴らばかり。だから搾取することに何の罪悪感もなかった。


 男なんて信じても裏切られるだけ、信じるだけ無駄……自分が傷つくだけだと思っていたのに。


「リースさん……?」

「す、少しだけ考えさせてください! だって、急にこんな大金を見せられても……」

「まぁ……それもそうか。とりあえずこの金は、全額寄付しますんで」


 こんな金を持っていても邪魔になるだけだ。

 なのでリースが同行を断っても、孤児院に渡すつもりだった。しかしリースもセシルも驚いた顔で食いついてきた。


「き、寄付? 待って、正気ですか?」

「そうよ、サキ! こんな大金があれば、一生遊んで暮らしていけるじゃない!」


 いやいや、だって俺達はロバート皇太子を探さないといけないし? 最低限の金があればいいでしょ?


「でも昨日も話したように、魔族が覚醒者であるリースさんを狙って襲撃するなら、一緒に行動した方が皆の為だと思うので……。それを踏まえた上で検討してください」


 そう言って、大金だけを残して俺とセシルは孤児院を後にした。呆然としたリースは目を白黒させて座り込んだ。


「な、何なの、あの男」


 あり得ない、変な奴………けど、気になって仕方ない。ずっと男に虐げられてきたリースにとって、天地がひっくり返るほどの衝撃だった。

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