第二章 支配の城下町「ムハイザン」

第6話 この世界はもう腐り始めている

 ゴブリンに攫われたロバート皇太子を救う旅に出た俺達だが、ザッケルの街を出たのは数日後だった。

 全く、王族の危機がかかっているというのに、お気楽なもんだと呆れ返ってしまった。


「アレもコレも全部、サキのせいね」

「はいはい、セシル様のおっしゃる通りで」


 あんなに拗ねてた女王様も、やっと機嫌を直して同行することを許してくれた。一時はどうなるかと思ったが、案外上手くやってる方だと思う。



 ちなみに夜の営みは———あれから一度も試していない。話題にすら出てこない。たった二人きりの旅だというのに。


 野宿の時は、どちらかが見張り(ほぼ俺)なので仕方なかったのだが、エロゲーでありがちな「ちょっと様子を見に来たけど、大丈夫? 寒くない? 私が人肌で温めてあげる……♡」みたいな、甘い雰囲気にすらなりゃしない。


 よく眠った翌朝の彼女の肌はぷにっぷにでツヤツヤ。まるで子供のようなツヤ肌に、よく眠れたみたいで良かったねーって歯を食いしばって言ってやったもんだ。


 あの甘々にデレたセシルは幻……もしかして俺の欲望が見せた白昼夢だったのだろうか?


「ほら、サキ。あの先に見えるのがダーナイト帝国の城下町、ムハイザンよ」


 細い指の先にあったのは、ザッケルとは全く違う機械仕立ての鉄で出来た街。黒い煙に覆われていて、長居はしたくない不健康な街並みだった。


「クサ……、ねぇサキ。この空気を全部吸って、あの山に捨ててきて」

「え、俺はダイソンかプラズマクラスターかな? いくらセシルの頼みでも出来ることと出来ないことがあるからな?」

「……私の知らない単語を使わないで? その返し、0点ね」


 やらかしたー……異世界ってことを忘れちゃうんだよね、たまに。



 それにしても酷い。


 表通りは近未来を想像させるような機械仕掛けのハイテクな光景だったが、一歩筋を入れば酷い有様だった。

 孤児や浮浪者が咳き込みながら道端に座り込んでいるのだが、馬車に乗った貴族達は無関心に過ぎ去っていった。

 だが根は優しいセシルは、完全に見て見ぬ振りができなくて、一人の男の子に躊躇う素振りを見せてしまった。


「セシル、ダメだ」

「——サキ?」

「一人に手を差し伸べたら、皆が群がってくる。可哀想だが、ここで情けは命取りになる」


 今にも鼓動が止まりそうなあばらが浮き出た子供だが、助けてあげることは叶わない。

 セシルは心苦しそうに顔を顰めて、踵を返した。


 俺は目立ち過ぎる彼女を隠すように肩を抱き、ギルドの方へと歩き出した。


 こんな治安も胸糞も悪い街、一刻も出たいのだが、目的があって入ったのだろう。セシルに尋ねるとこの街を訪れた理由を丁寧に教えてくれた。


「この街には私と同じ覚醒者がいるの。魔法に長けた魔導士だって聞いたけど」


 こんな機械文明が発達した国に魔法使いか。このアンバランスが絶妙だね。

 そもそもその覚醒者ってのも、何なのか知らないんだけど?


「そうなの? 本当にサキって無知なお馬鹿さんなのね」

「そうです、俺は無知で憐れなお馬鹿さんなので、優しく教えて下さい」

「いいわ、手取り足取り教えてあげる」



 覚醒者とは、この世界に生まれた4人の女性のことで、勇者の母になる資格を持つ者らしい。生まれつきスキルと魔力、そして美貌に恵まれ選ばれた人間……とのことだった。


「勇者の母? え、待って? 色々情報があり過ぎて頭が破裂しそう」

「何百年に一度生まれると言われる突然変異の魔族……まぁ、魔王が誕生するからその時に備えて優れた遺伝子を残すのよ。複数の女がいれば、誰かしら強い子を産むでしょ?」



 ——は? 

 待って、それじゃ……覚醒者ってジョブとか、そういうのじゃなくて、人為的に選ばれた愛人ってことか?


「平たく言えばそうかもね。けれど仕方ないわ。世界を守る為だもの。それに覚醒者に選ばれることは、とても名誉なことなのよ?」

「けど胸糞悪ィじゃん。何でこの国の女性の存在意義は低いんだ?」

「女性が低いんじゃないの。王族が強過ぎるのよ……。だって、ほら。名誉なはずの覚醒者も、位の高い人間の前では虫ケラ同然の扱いなんだから」


 それはこの前のセシルの扱いのことを指さしているのか? いや、彼女は俺が情事を目撃していたことを知らないはず———……。



 彼女の視線の先を見ると、そこには孤児に囲まれた女性の姿が。


 まさか彼女が……?


「わぁーん、リースお姉ちゃん、お腹空いたよー」

「あらあら、それじゃ早くご飯を作りましょうね」

「ねぇねぇ、あっちでハルクが転んで泣いてるよ?」

「まぁ、それは大変。教えてくれてありがとう、マリーナ」


 その姿は聖母マリアを連想させる、慈悲に満ち溢れた女性の姿。セシルとは違った健気で儚い美しさを纏った優しい女性。



 ドクン——と胸が大きく高鳴った。


 それはまるで、セシルを初めて見た時と同じ衝撃。


 嘘だろ……? まさか、そんな。


 だがよく考えたら、決まってなどいなかった。一人しか好きにならないなんて——!


「……とはいえ、倫理的はダメだけどな」


 さっきの覚醒者の話を聞いたせいで、認識がおかしくなっている。

 普通は一人の女性を愛して守っていくものだ。だから、こんな想いをセシル以外に抱くのはダメなんだ。


 だが、見れば見るほど想いが募る。身体が熱くなる、バクバクして止まらない。


「あら、珍しいですね。孤児院に何かご用ですか?」


 俺たちに気付いた彼女は赤ん坊を抱きながら近付いてきた。確かにセシルと同じ、他の人とは違う異質な雰囲気を纏っているような気がする。


 何よりも綺麗だ、美しい……。


「私は覚醒者の一人、セシルです。あなたも覚醒者ですよね?」

「まぁ、覚醒者様ですか? なんて可愛い、天使のように可憐な方ですね」


 ほわほわと、ゆったりでマイペース……独特なテンションの人物だ。


「皇太子であるロバート様が魔族に攫われたので、あなたの力が借りたくて訪ねて参りました。一緒に来てくれますよね?」


 おぉ、セシルも自分のペースに引き込もうと奮闘している。しかし美女二人……眼福だ。この間に挟まれていたい。永遠に、ずっと……。


「まぁ、困りましたね。見ての通り、私にはこの子達の世話を見るという、大切な使命がありますの。申し訳ないですがロバート皇太子は、あなた達で捜索してくださいませんか?」

「………え?」


 即答でお断り。

 仮にも王族、しかも皇太子であるロバート様の捜索依頼だぞ?


 逆らったらどうなるか分かったもんじゃないのに。まぁ、かく云う俺達も旅立つまでに何日も時間を費やしていたがな。

 自分のことを棚に上げて、偉そうに物垂れるセシルも可愛いぞ。


「皇太子を助けるのは誰でもできますが、この子達を救えるのは私だけなんです。分かっていただけたら、お帰り願いますか?」


 さっきまで神々しく見えた笑顔が、急に恐ろしく見えた。そして俺はその顔に見覚えがあった。


 それは子供を守る母の顔。この顔には誰も敵わない、無敵の顔だ。


———……★


第二章スタートです。

そして二人目のヒロインもまた癖つよキャラ。

今度はバムみ系、お姉様キャラになります。


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