第4話 何故、ここで役にたたない

 正直に白状しよう。

 転生前の俺は、ほぼ異性と接点がなかった。


 バレンタインデー? アレって母親と一緒にオヤツを食べる日だろ?

 クリスマスイブ? 聖なる日に破廉恥なことをするとは言語道断! 良い子はサンタを信じて巨大な靴下をベッド脇に置いて寝ろって話だ。


 べ、別に悲しくもなかったし、リア充爆発しろなんて思ったこともない。うん、嘘じゃない。負け惜しみとかじゃなくてね?


 ただ、今になって後悔してるのは、いざって言う時にどう行動するのが正解か分からないことだ。

 こんなことなら恋愛ハウツー本の一つや二つ読破していれば良かったと悔やんでいる。どうせ転生前も後も女心に大差ないだろうからね。


 そう、つまり今の俺は非常に困った状況に置かれていたのだ。


「やっべ、スゲェ心臓がおかしくなってきた」


 口の中はやけに乾くし、掌は汗でベタベタ。足もガクガク、指先はブルブル震えて止まらない。


 無理無理無理、今まで普通に会話していたのが夢、もしくは奇跡だったんじゃないかなーって思うレベルの挙動不審だ。

 いくら見た目がイケメンになったところで、中身が変わってなければ意味がない。



「———いやいやいや、セシルは今後の旅の打ち合わせをする為に呼んだんだ。男女が二人きりになったからって、必ずしもそうなるとは限らない」

「さっきからブツブツ何を言ってるの? 来てたならサッサと入ったらよかったのに」


 いつの間にか開いていた扉。

 そして目の前には推しのセシル。


 心臓が——三秒くらい止まった気がした。


 しかも如何にも誘っているかのような、ラフな寝巻き姿へと着替えられていて、これで勘違いするなって言う方がおかしい!


 誘ってる! これは絶対に間違いない‼︎


「サキが湯を浴びている間に紅茶を淹れたの。ついでにお菓子も用意したわ。もちろん食べてくれるよね?」

「……食べていいの?」

「当たり前でしょ? その為に用意したんだから。ちゃんとじっくり味わってね?」


 ———エロい会話に聞こえるのは俺だけだろうか?

 もちろん俺は、やましいことを考えて答えています。


 そもそもセシルの奴、何を考えて部屋に呼び出したんだ? 男を連れ込むなんて、もしかして遊び慣れているのか?

 もしそうだとしたらショックだな……見た目は勝ち気で可愛いけど、実は奥手で恥ずかしがりだと信じたかった。


「……そんなところに突っ立ってないでサッサと入ったら? ドアが閉められなくて困るんだけど」


 真っ赤になった顔で唇を尖らせて。可愛い奴だな。胸キュンが止まらなくて吐血しそうだ。


 そう、セシルは属性で言えばツンデレだ。普段は毒舌だけどデレる時は恥ずかしそうにするから、このギャップが足らなくて推しになったんだ。


「………ねぇ、何度言わせれば気が済むの? 流石に三回目は殺意が止まらないんだけど。手始めに足の甲を粉砕してもいいかしら?」

「はい、すいません。すぐにでも入らせて頂きます」


 ただ恋愛初心者の俺としては、デレはハードルが高過ぎるのでツンでいて欲しいです。



 何だかんだで初めて女性の部屋に入ったが———甘い香りが漂っていて、頭がホワホワして浮かれてしまう。顔の筋肉が緩む。花瓶に飾られた生花や愛らしいぬいぐるみが飾ってあって、まさに未知の世界。


 この世界の方がよっぽど異世界だ。


「もう、そんなにジロジロ見ないでよ。恥ずかしいじゃない」

「あぁ、ゴメン。初めて入ったからさ、女の子の部屋って。えっと、これからの予定についてだったよな?」


 粗相がないように、しっかりとしなくては。肝に銘じながらソファに腰を下ろした時だった。セシルの手が胸元に添えられ、そのまま跨ってきた。

 密着する太もも、そして下部。


 ———ん? んん⁉︎


 えっと、ちょっと待て。

 俺はこれからの打ち合わせをしたいって呼び出されて、そして部屋に入ったんだけど、いくらなんでも展開が早過ぎませんか?


 少しくらいはまともに話し合いをしようぜ? 本当に皇太子捜索はしないといけないので!


「ねぇ、サキは……私と一緒にいてドキドキしないの?」

「え?」


 そ、そんなのするに決まってるだろう?

 こちらと初めてセシルを見た時から心臓バクバクして、いつ心不全で倒れてもおかしくない状況ですが?


 造られたかのような、フィギュアの如く完璧な顔立ちに一目惚れだった。セシルには自分が思っているよりも遥かに特別で推敲な存在だということを自覚してもらいたい。


「ちなみに私は、スゴくドキドキしてる。ほら」


 ほらって、コラコラ。だから年頃の娘がそんなことをするなって!


 腕を掴まれたかと思ったら、そのまま胸元に押しつけられた。実際に肌に触れているのは手首なんだけど、十分過ぎる柔らかさが伝わってくる。

 キャパが、キャパがもう足りません。


「ねぇ、女の私にここまでさせてるんだから、何か言ってよ?」

「何かって言われても……」


 突然のことで頭が真っ白なんだ。童貞を舐めないで下さい。


 いや、違うな……この初めての感動をもっと噛み締めたいので、少しの間このままでいさせて下さい。


「あのさ、セシルみたいな可愛い子にこんなことされたら、我慢できなくなるんだけど」

「もう、バカ……。我慢しないでよ? 我慢する意味が分からないんだけど」


 確かにね。女の子にそこまで言わせて男失格だね、俺って。


 距離を縮めて、鼻頭を擦り合わせて。可愛いな、本当に。緊張するけど、悪くない。きっと受け入れられているのが分かっているから不安が少ないんだろう。


 最初から唇に触れるのは気が引けるので、頬にキスをして、チュッ、チュと快感を分かち合った。


 ヤベェ、口から心臓が出そうだ。


 セシルの腕も首の背後に回って、いわゆるゼロ距離ってやつ。もう酸欠になって確実に死ぬ。


『この細くて小さい身体を抱きしめられるなんて夢みたいだな。けど俺みたいな男が抱いていいのか?』


 だって彼女、覚醒者だろ?

 この世界の重要人物の一人を担っているんじゃないのか?


 けどね、こんな目の前で裾を上げられて誘われてさー……耐えられる男がいたら見てみたいね。彼女が純潔を失ったら力を失うとしても、俺は躊躇わない!




 だが、何かおかしい。こんな状況味わうの初体験だから分からないけど……こんなもんなのか?


 下半身が反応しない。


 緊張しているせいだろうか、俺の息子がスンともビクともしないのだが?


 せっかくセシルが縋って腰を振っているというのに、何故俺は———っ!


 ヤバい、マズい、このままではバレてしまう。さっきはあんなに反応していたのに、この状況で無反応は流石におかしい。


「……サキ? どうしたの?」


 本当、どうしだんだろうねー……俺が聞きたいよ。流石におかしいと気付いたセシルも、股の辺りを摩り出した。


 うん、ゴメン……そんな目で見ないでください。

 俺も異常事態だと思うよ? こんな素敵で魅力的な女性を目の前にしてね。


「………え、嘘でしょ? え?」


 そんな乱暴に触られても、大きくなる気配は皆無だった。彼女の焦燥っぷりを見て、俺まで悲しくなってきた。

 せっかくのラッキーイベントをこんな形で終わりを迎えるなんて、誰が想像しただろうか?


「———ねぇ、サキ。どういう事?」

「ど、どういうことでしょうか?」

「……私が聞いてるんだけど?」


 で、ですよねー!


 でもね俺だってこの先を楽しみにしていたんです! それだけは分かってほしい! この瞬間を、どれだけ待ち望んでいたか!


「知らないわよ、この【ピ————】、【ピ————】……さっさと自分の部屋に帰ってくれる?」


 う……ッ、そのワードは流石の俺も心のHPを根刮ぎ抉られます。

 吐血が止まらねェー、いっそのこと、このまま死んでしまいたい。


 突き放すように距離をとってセシルは黙り込んだが、本当にこのまま帰っていいのか?


 残る?

 帰る?


 どっちが正解なんだ?


「帰ってって言ってるでしょ? これ以上、惨めな思いをさせないでよ」

「………ゴメン、セシル」


 どうせ残ったところでできることはない。そう判断した俺は、そのまま部屋を後にした。


 だが、やはり俺の答えは間違っていたようだ。


 一人残されたセシルは、あまりの惨めさに、そのまま声を殺して涙を流した。悔しかった、悲しかった。何で彼は……私のことなんて好きじゃなかったの——と。


「あんな思わせぶりな態度を取って、酷いよ……」



 それから数日、彼女は部屋に籠ったまま出てくることがなかった。



———……★


……どんまい、サキ。けど男ならフォローはしっかりしないとだぞ?


次回、【ザッケルの街】最終話です。


次回の更新は6時45分を予定しております。

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