第2話 この状況、モブには荷が重くないですか?

 バチバチと火花が散る。

 無詠唱で自然現象雷系魔法を起こすなんて流石勇者——って、感心してる場合じゃないんだけどね。


 この状況、俺達は無事に逃れることができるのだろうか? 威勢を張ったのはいいが、怖気付いて冷や汗が流れて仕方がない。


「殺す……私のことをコケにしやがって。手足を捥いで、芋虫のように這いつくばせて、飽きるまで……(ぶつぶつぶつ)」


 おぉ、怖っ!

 お前、仮にも勇者! 正義の権化だろ? それとも俺の推理が間違ってた? コイツはただのボンクラボンボンか?


 そうだとしても格上の相手に楯突いたことには変わりない。さて、モブの俺にできることは何だろう?


 悲しいことにメニュー画面やスキル一覧も出てこない。相手の弱点も肩書きも見えやしない。そう、俺は正真正銘の無能人間だ。


 セシルは蘇生や回復魔法は使えるらしいが、それってどうやって発動させるのだろう? 俺も特殊魔法使えたりしないかなー?


「ごちゃごちゃウルサイ。お前、消えろ」

「いやいや、ロバート様の物騒な独り言に比べればヌルいもんですよ? つーか、一国の皇太子様が田舎の芋娘にムキになる方が恥ずかしくないですか? ロバート様ほどのお方なら、もっとお色気ムンムンなナイスバディをはべらかすことができるでしょ?」


 皇太子の額に青筋が浮かび上がった。

 あれー、褒めたはずなのにどうして怒っているの?


「サキ……っ、くる!」


 全身がピリつくような殺気を感じ、振り返り勢いよく飛び逃げた。激しい怒号と酷い衝撃波。一歩遅れていたら間違いなく肉片として粉砕していただろう。

 だが、これで逃げ道ができた。急いでセシルを抱き上げて、その場から逃亡を図った。


 雑木林の荒れた獣道を一心不乱に駆け抜ける。緑蕪や下草に足を取られながらも必死に気張らせた。


「おいおい、この世界の命の重さってどうなってんの? 民の命は王族のプライドよりも軽いもんなの?」

「何を言ってるの、サキ……! 私たちの命なんて、上級階級の人間からしてみれば虫ケラ同然に決まっているじゃない!」


 えー、そんなの初耳。しかも当たり前とは、なんて悲しい事実なんだろう。


 仕方ないか。大事な孫娘が性奴隷扱いされても、無銭で暴飲暴食をされたとしても、ニコニコと笑顔で対応しないとならない世界だもんな。きっと村長も心苦しかったに違いない。


 けどそれなら尚更、家族を残して町を出るなんて恐ろしくない? 晒し首にされそうじゃん、見せしめとか言って。


「え、サキに攫われたことにしたらいいじゃない? 貴方一人が悪役になれば、皆ハッピーよ?」

「おぉー、そっかー。セシル、頭いいなー」


 って、なるかよコンチクショー!


 だが、今更撤回なんてできるわけがない。そもそも逃げ切れる確証もない。捕まってしまえば皆で地獄見る羽目になるんだけどね?


 そもそも俺は人一人抱えた状況、相手は身軽な暴走野郎。追いつくことなんて容易いことで、今にも斬りつけてきそうな殺気がヒシヒシと肌に刺ささる。


 共倒れになるよりは彼女だけでも助かってほしい。

 その一心で思いっきり彼女を横へと飛ばし投げた。そしてそのまま遠心を利用して、ロバートの顔を目掛けて拳をめり込ませた。


 スゲェな、この身体。こんな重い踏ん張りにも耐えるとか、どれだけ化け物だよ……っ!


 ゴキゴキゴキィ……っと、嫌な音が響いた。骨の砕ける音なんて生まれて初めて聞いたけど、あまり良いものではない。できることなら二度と聞きたくない遠慮願いたい音だ。しかも痛いし本当になんなの、コイツ。


 粉砕した右手を庇いながら皇太子に目を向けた。彼も顔半分を手で覆って、フラつきながら立ち上がった。ダメージはお互い様か……。

 いや、渾身のカウンター喰らわせたんだから、そのままダウンしてくれてよかったのに。


「貴様ァ……、王族に楯突くとはいい度胸だな」

「本当にそう思っているなら見逃してくれない? 皇太子様の優しいお慈悲でさー」


 それにしても、あんなにも神々しかった美形が怒りでゴブリンみたいな形相になってるよ? 見る人が見たら衝撃映像だね。


「——いや、違うか。お前、人間じゃねぇな?」


 そもそもおかしいと思っていたんだ。なんで王都の皇太子が直々に辺鄙な漁業街に来るのかって。


 成りすまし。コイツ、人間に化けて嫌がったのか!


 ってことは、セシルはゴブリンのクソ野郎にあんなことや、こんなことをされていたのか? 数々のモザイク卑猥映像が脳裏を過ぎる。


 人間の俺ですら未経験なのに……ゴブリンのくせに、ゲーム序盤の雑魚モンスターのくせに!


「ふざけんじゃねーぞ、この野郎ォォォー!」


 この時、凄まじい力が込み上がり拳に宿ったのを感じた。

 火事場のバカ力なのか、はたまた覚醒というのか。それとも元々この身体にあったポテンシャルか。俺の拳は変態ゴブリンの鼻にのめり込み、そのまま粉々に粉砕した。


 この世界のモンスターは絶命すると灰になって消えるらしい。グロくなくてラッキーだね。


「ふぅ……、これで一件落着か」


 ゴブリンの幻術が解けたのか、纏っていた重装備も大剣もボロボロに消え失せた。そして連れていた従者たちも正気を取り戻し、我に返った。



 こうして俺達は村長達が待つ家まで戻り、先程の出来事を説明した。


「ふむぅ、まさかあの皇太子がゴブリンの幻影だったとは。すっかり騙されたわい」


 何故このようなことが起きたのか経緯が知りたくて従者の一人に尋ねたところ、狩りの最中にゴブリンの集団に襲われ、そのまま幻術をかけられて乗っ取られたと話してくれた。


 肝心のロバート様の行方は知れずと事態は芳しくなかったが、一先ずヒロインであるセシルを守ることができて何よりだった。


「しかしさぁ、ロバート様は剣術を学んだ皇太子様だろう? ゴブリンに負ける程度じゃ、先が思いやられるな」


 仮に生き残っていたとしても、雑魚に躓いているようじゃ命が幾つあっても足りやしない。この世界の未来は絶望的だ。


「何がともあれ、一刻も早くロバート様を見つけて保護してあげないと」


 是非、国の総力を上げて探し出してほしい。そもそも生きているのかも怪しいのだが。

 モブである俺には、無事を祈る方しかできない。



「ところでサキよ。お主はいつになったら、宿泊代を払ってくれるのかな?」


 ———ん? おや、急に話題が物騒になったぞ?


 いや、まさかねー。記憶喪失の天涯孤独の俺に払えなんてねー?


 しかも俺、村長の大事な孫娘を救ってあげたのに?


 命を張って!

 そんな命の恩人に払えとな?


「もしお主がロバート皇太子を見つけてくれればチャラにしてあげないこともないぞ?」

「全身全霊上げて探させて頂きます」


 ……こうして俺は、いつの間にか転生された異世界で、野郎であるロバート様を探す旅に駆り出されることが決まってしまった。


「しかし、覚醒者であるセシルが狙われたということは、セシル以外の覚醒者も魔族に狙われる可能性があるな……」


 おっと、何やら重大な発言が飛び出した気がするのは、俺だけだろうか?


 しかもさー、一般人である俺の前で発言するなんて、嫌な予感しかしないんだけど?



「サキ、お主は拳一つでゴブリンを撃退した強者じゃ。どうじゃ、世界を守るつもりで覚醒者を「断る、それは断じて辞退します!」」


 無理無理無理!

 そもそも見てよ、俺の手! ゴブリンの顎を殴った時に粉砕骨折したんだけど?


 あんな痛い思い、誰が好んでするかよ! 

 大体俺は転生したばかりの無関係なモブ! 世界を救う義理なんて、これっぽっちもない!


「それなら私が旅に出ます! お祖父様、世界の危機なんです。いいですよね?」


 煮えきれない態度のサキを見兼ねたのか、セシルが手を上げて名乗り出た。


 おいおい、やめろよ……。変幻していたとはいえ、ゴブリンにも太刀打ちできなかったくせに、シャシャリ出るなよ。


「おぉ、こんなか弱い娘が手を上げているのに……大の大人が情けないのぅ」


 チラチラこっちを見るな! 

 くそォー、卑怯な奴らめ!


 俺よりも兵士達が手を挙げろよ? なぁ、順番ってのがあるだろう?


「ねぇ、サキ。一緒に旅に出ましょう? 貴方と二人なら楽しい旅になりそうだわ」


 またまた天使のような笑顔で残酷なことを言うー。俺に期待なんてしないで、さっきのはきっとマグレだから。


 とは言え、想い人であるセシルが行く以上、行かないって選択はあり得ないんだよね。


 あーぁ、残酷だよ、本当に。


「期待してるわ、サキ。その逞しい身体で私のことを守って頂戴ね♡」


 相変わらず可愛いセシルに免じて頷いたけれど、そろそろせめて転生の理由くらいは教えてほしい。


 なぁ、女神様!


———……★


第2話もお読み頂きありがとうございます!

公開初日、たくさんの星をありがとうございました! これからも更新頑張りますので、宜しくお願いします✨


次回は6時45分公開予定です。

続きが気になる方はフォローをお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る