第30話

 「サイハ?サイハはどこ?」かなたがペットを呼んでもその返事はない。

「ねえ、かなた。やっぱり帰ろうよ。」

 自分のセリフが久しぶりにまっすぐ届いてリラは思わず耳たぶを触った。

 かなたは弱気な声で「やっぱりそうかな?」と眉を蜂の字にする。

 リラはかなたの手を取った。「そうだよ。丘で平和に暮らそうよ。」そうシャボン玉を吹いたとき、暗闇が唸っているみたいな足音が聞こえてきた。それは、サイハだった。サイハは目には見えないけど確かに音の塊としてそこにいた。

 リラのさっきのシャボン玉が割れた。「うそうそ。冗談。私たちはやっと自由なんだよ。もっと外を楽しまないと」シャボン玉の中身が書き換えられて自分の声が言ってもないことを話しているのに気が付いてリラはまたがっかりした。そして、リラはある不穏なひらめきを得て表情を失う。

 サイハが低い音を引き摺りながら地面を転がっている。その暗いじめじめした音を聞いてかなたはおなかを抱えて笑っている。「あひゃひゃひゃひゃ。サイハって面白いね」りんごも玉兎も何が面白いのかさっぱりわからない。サイハが出している音はまるで、雨の日に死ぬことみたいな暗い音なのにかなたにとってそれはコミカルに感じるらしい。

 「相変わらず、かなたって変な子だね」リンゴがリラにそう呼びかけたシャボン玉が割れた。リラは自分の心に生じた疑念に支配されてりんごの声は聞こえていない。リラの心を占めるのはある疑いだ。もしかして、自分たちの声を改ざんしているのはサイハかも知れない。だって、サイハがいないときは自分のセリフが一言一句正確にかなたに届いたからだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る