第27話

 リラが部屋を出た時、ニカが廊下で佇んでいた。ニカは自分が海底みたいに小さな泡沫を産み続けている。リラはニカに手を振って「ニカ、カゲのけがは直したよ。」とシャボン玉を吹いた。リラのシャボン玉とニカの泡の連なりみたいなシャボン玉が交差してニカの方が連続して破れる。「ビワさん」「バンカくん」「ギョクヒ」「ケイちゃん」「カチエ氏」「バタク」「クリン」「シュウホウ将軍」「タンゴ少年」

 ニカはひたすら誰かの名前を唱え続けていた。リラには聞いたことの名前ばかりだった。

 「ニぃカぁ、カぁゲのけぇがは直したよぉ」

 リラのシャボン玉が割れてさっきのセリフが遅れてニカに届いた。相変わらず声は微妙に改ざんされている。

 ニカはリラに気が付いてにっこり笑った。

 「ありがとう、リラ。そして、お誕生日おめでとう。」

 ニカは後ろに隠していた手をリラに差し出す。その手の上には小さな包みがあった。

 リラはニカの手からその包みを受け取った。

 「ニカ、なんで私が誕生日だってしってるの?」リラのシャボン玉が割れる前にニカは答えた。

 「僕はいつでも、君を気にかけている。そう言ったじゃないか?さあ、開けてみて」

 リラはこくりと頷いて包みを解いた。リラの手のひらに現れたのはブーンという羽音だった。その羽音は一秒を千に刻むような細かい音で、急に手のひらから消え背後に回った。リラが背後を振り返るとその羽音は次には足元から聞こえ、リラが俯くと今度は頭上から聞こえた。まるで、羽音はリラの視線から瞬間移動で逃げているみたいにあちこちバラバラの方向から聞こえる。

 ニカがおかしそうに微笑みながらシャボン玉を吹いた。こんどはリラの手のひらに黄金の小球が収まっていてそれは小さな羽で羽ばたいている。あの羽音もリラの手のひらに帰ってきて羽ばたく金の小球に宿った。

 羽ばたきの音で刻まれてニカのシャボン玉が割れた。

 「それはね、クマバチだよ」

 リラは黄金の小球を見つめている。

 「ありがとう。かわいいね」リラがそうシャボン玉を吹いたとき、手のひらからクマバチが消えた。まるで、空気に食べられたみたいにクマバチはいなくなった。

 何もなくなったリラの手のひらに彼水自身のシャボン玉が落ちてきて割れた。

 「ありがとうね。かわいいいよ」

 ニカは満足そうにうなずいてシャボン玉を吐いた。ほんの一瞬世界が瞬きしたみたいに暗転しすぐに元通りに戻った。ニカのシャボン玉が割れた。

 「いなくなっても心配しないで。クマバチは気まぐれだから、放っておいたら帰って来るよ。じゃあ、ぼくは行きたい場所があるから」

 ニカはそう言って白くて大きな袋を肩に担いでどこかへ行ってしまった。


////// 

 「ええ、どうしようかなあ。」

「ねえねえ、行こうよ。約束したじゃんりんご!」

 リラが外に出てきたとき、りんごとかなたの声がしてリラは耳が暖かくなった。しばらく会話が途切れてりんごの声がした。 

「で、でも。ちょっと怖いかも。」

「大丈夫だって。ぼくがいるから。ほら聞いてよ」

 かなたが手を叩くと洞窟が泣いているみたいな”声”がしてかなたの体がふわふわと浮き上がっていく。そしてもう一度かなたが手を叩くとその”声”が消えかなたは地面に着地した。

 「僕は怪獣をペットに出来る。だから、外で怪獣に出会っても僕が倒してあげるよ」

 りんごは唇を結んでうーんとうなっている。そのリンゴの髪の毛に玉兎がしがみついて髪を食んでいる。

 リンゴがシャボン玉を吐いたとき、リラがやってきた。「ねえ、リラ。いいでしょ?また、カラーパ狩りに出かけようよ」かなたがリラにそう呼びかけた時リンゴのシャボン玉が割れた。

 「わかった。絶対守ってくれるって約束してくれる?」

 その声を聞くとかなたの顔は輝いて頷いた。「もちろんだよ。絶対に約束する」

 リラは水かきのある手を開いてシャボン玉を吐いた。かなたもりんごもそのシャボン玉が割れるまで待った。

 「私は反対だよ。外なんて危なすぎる。前だって怪獣に襲われて危ない目にあったばかりじゃないか?」

 かなたは真剣な表情でリラを見つめた。まるで、愛を告白されているみたいな熱いまなざしにリラはどぎまぎしてしまった。

 「リラ。ぼくはね、君やりんごや玉兎と楽しく自由に生きていきたいんだよ。ぼくは、君たち水性の者たちが怪獣に怯えて暮らさなきゃらないことにとても腹が立っているんだ。だから、僕を信じて」

 リラは肺に矢を刺されたみたいに何も言い返すことができなかった。

 獲物の生死を見極める猟師みたいにかなたはリラのことを見つめている。「だめ。危ないことはできないよ」

 リラはそうシャボン玉を吹いて首を横に振った。かなたも玉兎も俯いて落ち込んでいる。りんごは少しほっとしたような感じだ。一瞬世界が瞬きしたみたいに真っ暗になってすぐに元通りに戻った。リラのシャボン玉が割れた。

 「わかった。じゃあ、今すぐ準備しよう」

 自分の声で言った覚えのないセリフが聞こえてきてリラは一瞬凍り付いた。かなたは「やったー」と飛び跳ねて玉兎とはしゃいで天使の手を引いて丘のふもとへと駆け下りていく。

 「違う。違うよ。待ってかなた!」

 リラの声はシャボン玉の虹色の膜に捕らえられてかなたたちが駆け下りるのを追いかけもできない。かなたたちはもう丘を出てしまった。リラはかなたたちを止めようとそのあとを急いで追いかける。丘の上に残されたのは「ヴヴヴ……」と死にかけの空洞みたいに唸っている”声”だけだった。

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