第26話

 その様子をかなたが見ていた。かなたは角を指先で押した後立ち上がりカゲの後を追った。

 かなたはカゲの肩を掴んでそのまま顔を殴ってしまった。カゲの顔が歪むぐらいだった。その殺意が周りの空気をピリピリさせる。

 ニカがかなたをその拳ごと封じるように抱きしめた。「やめてよ」というニカのシャボン玉が割れた時カゲは涙に顔を汚しながら気絶した。

 かなたは手の力を緩めて、柔らかい表情でカゲの顔から涙を拭ってやった。


 「まずい、助けなきゃ」

 かなたはカゲを背負って慌てて館へと帰っていった。ニカもそのあとについていった。かなたはカゲをベッドに横たえて「大丈夫だよ。きっと直るよ」と呼びかけている。自分が傷つけたことなど忘れてしまったかのようにかなたはカゲを献身的に看ている。すると、部屋のドアが開いてリラが現れた。リラはシャボン玉を吹きながらカゲのそばに寄り添ってその顔の腫れあがりに癒しの眼差しを塗った。リラのシャボン玉が割れた。「すごい大けがだね」すると、かなたが答えた。「僕が殴っちゃったんだ。とてもむかついたから」

 かなたの報告の仕方はまるで他人事のように淡々としている。それどころか、かなたはカゲが傷つけられたことに対して憤りすら感じているみたいだった。「許せないよ」

 かなたがそう言ったとき、ニカがかなたの手を掴んで部屋の外へ乱暴に連れ出した。

 ニカのシャボン玉が割れる。「かなた、これはあなたがやったんだよ?あなたがカゲを殴ったから彼水はこうなっているの。」

 かなたは深くうなずいて賛同の意を表す。「うん。そうだね。それは事実だよ。」

 ニカはおでこに手を当ててため息のシャボン玉を吐いた。そのシャボン玉が割れて「はあ」というため息を聞いたときお腹の底に重りを落とされたみたいな感覚を感じてかなたは顔をしかめる。「僕が悪い。僕が悪いんだよね。そう、それはわかっているんだよ。でもね、どうしても悪いなって気持ちになれないんだ」

 ニカはかなたを抱きしめた。かなたはニカのシャボン玉が割れるのをじっと待つ。待っている間ニカに抱きしめられたかなたの背は明るい美味の指圧を受けてかなたは全身が舌鼓を打つみたいに震えた。

 「かなた、怒りに支配されてはだめだよ。ぼくはね、あなたに不幸になってほしくないんだ。」

 かなたはニカに抱きしめられたまま。黙っている。その目からは涙が流れている。

 ニカは再びシャボン玉を吹いた。それはすぐに割れた。

 「かなた、君は悪くない。自分のことを悪いなんて言わないで。今回のことはしっかり反省して生きていってほしい。」

 ニカがかなたを離すとかなたは涙を拭ってつばを飲み込んだ。そして、震える喉ででかなたはニカを呼ぶ。

 「ニカ」

 ニカは首をかしげる。

 「おまえ、めんどくさいよ」

 そう言って、かなたはニカに対して両手の人差し指で自分の口をニッと開いてみせた。

 さすがのニカも顔をしかめてこぶしを振り上げたけど、かなたは猫のようにピューッと逃げて行ってしまった。かなたの口から大砲みたいに吐き出されたシャボン玉がかなたを追いかけたけどそれは徐々にスピードを失って割れた。

 「かなた、ちゃんとカゲに謝りなさい!」


////// セリフ 無⇔有 パンニア

かなたは丘の上にやってきて丘全体を見晴るかす。水をたたえた石樽たちが日の光を受けながら輝き丘を二つも三つもまたいでいる。かなたは手に庇を作って丘のふもとを見た。「あ、いた」

 かなたはそう言って丘を駆け下り石樽の林へと分け入っていく。かなたが足を止めた時、そこにいたのは玉兎とりんごだった。二人は柄杓で石樽から星水を汲みだしバケツに溜める作業をしていた。りんごがかなたに気が付いて手を振りシャボン玉を吹いた。かなたも手を振り返した。

 「やあ、りんご。元気?」かなたがそう呼びかけるとリンゴのシャボン玉が割れた。「おはよう。かなた。元気?」

 かなたがうなづいたとき空気が蜂にでも刺されたみたいに震えた。頭上から波のように振動が伝わってきて石樽がわずかに振動する。膨らんで形が歪んだ空が圧迫してきて、かなたたちの伸長が縮んで見えるほどだ。「それにしても、ずいぶん大きくなったなあ」玉兎がそうシャボン玉を吐いた。かなたも顔をあげて「もうすぐ、産まれるんだね」といった。「どんな子なんだろう?大きいから巨人の子かな?」りんごがそうシャボン玉を吐いた。こうして話しているとお互いの声を聞くたびに身体が楽になっていくような感じがしてりんごは微笑んだ。

 すると、かなたがつぶやいた。「そうだ。りんご、玉兎。また、丘の外に冒険に行こうよ。約束したでしょ?」

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