第23話

 曇り空が窓を暗く塗り、部屋が息を止めたみたいに淀みだす。笑いあっていたニカとリラは互いに姿勢を低めて窓の方を見た。何か嫌な予感がした。部屋がだんだん狭まっているような圧迫感があった。

 世界が瞬きしたように暗転しすぐ後に閃光で満たされる。空がゴロゴロと崩壊し泣き出した。

 「雷だ」

 そうリラのシャボン玉が低く床を這って行く。するとドアが小さく開いて妖精の玉兎が現れた。玉兎はびしょ濡れの羽で空気を叩きながら息も切れ切れにシャボン玉を吐き出した。

 「怪獣が現れて、りんごと空の膨らみが襲われている。今、かなたが怪獣と戦っているよ」

 玉兎のシャボン玉もやはり低く床を這いだした。先に割れたのはさっきのリラのシャボン玉だった。

 「雷だよ」

 一瞬あたりが静まり返る。息を切らした玉兎がごくりとつばを飲み込んだ。

 「怪獣が現れて、りんごと空の膨らみが襲われているんだ。今、かなたが怪獣と戦っている!」

 遅れて割れた玉兎のシャボン玉を聞き終わる前にニカは窓を破って外に出ていった。飛び散った破片が空気を傷つけて血を一筋流させた。それは、庭のくぼみに小さな血の水たまりを作った。



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 雷は蛇が蛇行するみたいに高い建物を避けて石樽の影で頭を抱えてうずくまっているリンゴに迫ってきた。うずくまっていても目が痛くなるほど閃光が迫っていてもリンゴは絶望を感じるいとますらなかった。すぐ近くで大砲が鳴ったみたいな音がして衝撃波でりんごは立っていられなくなる。

 肉が焼けるような焦げ臭いにおいでりんごの翼がべとついていく。耳がようやく戻ってきて誰かの呼びかけがした。「りんご、大丈夫か?」

 声の主はかなただった。りんごがシャボン玉を吐きながら頷くと、かなたはいつもの癖でおでこの角を擦った後に、にっこりとほほ笑んだ。

 かなたの笑顔が頬ごと崩れ落ちたからりんごはびっくりして悲鳴を上げた。雷に半

身を食われたかなたは体の半分が炭になってしまっていた。

 リンゴのシャボン玉がいまさら割れて「うん」という返事が遅れて聞こえる。

 「僕はもう動けないよ」

 そういうかなたの唇が白い灰みたいに風に奪われていく。かなたはそのまま目を閉じて立ったまま気を失った。

 「かなた?大丈夫なの?」

 とりんごがべとつく翼を二回羽ばたかせながらかなたを案じシャボン玉を吐き出す。

 すると、かなたは目をぱっちりと開けた。

 「うーん。良く寝た。いい気分だよ。」

 かなたは腕を空に向かって伸ばして見せた。すると、まるで太陽に近づきすぎたみたいにかなたの腕がぼろぼろと崩れていく。

 「かなた?大丈夫なのか?」

 さっきのりんごのシャボン玉が割れてセリフが遅れて聞こえてくる。相変わらずセリフの中身は改ざんされているけれど今はそんなことなど気にしている場合ではなかった。

 黒雲が電気を腹に宿しながら力を蓄えている。今度こそりんごは絶体絶命だった。黒雲が再び雷を放ってそれは蛇のように蛇行しながら高い建物を避けリンゴめがけて襲い掛かって来る。りんごが身をかがめたその時だった。丘の上の空がもぞもぞとうごめいて心臓のような拍動を刻み始めた。今にりんごの翼に噛みつこうとしていた雷が首を曲げ身をひるがえした。雷が攻撃目標を空の膨らみに変えたのだ。雷は蛇行しながら蛇から龍へと大きさを増していく。そして、ついに雷はボテ腹の空に牙を立てた。

 「だめだ!」

 かなたが灰を吐きながら叫んだ。

 銅鑼のような音がした後、空の膨らみが矢のように大量の血を噴きだした。雷は一度ボテ腹の空から牙を抜いて再び襲い掛かろうとする。その時だった。大きなシャボン玉が浮かんできた。それと同時に、殴られたみたいにぼこぼこに歪んだ空間を踏みながらニカが空を登って行って雷の首を抱き着くようにして締める。雷は目を潰された龍みたいにめちゃくちゃに身をうねらせる。その暴走によって黒雲が散らされ青い穴がいくつか空き始める。

 大きなシャボン玉が割れた。その中身はニカの声だった。

 「やっと見つけた!ニカ参上!」

 今、ニカは雷の背に飛び乗ってその顔をひたすら殴り続けている。雷はニカを振り落とそうと暴れ黒雲を鞭打ち却って自らの力を弱めていった。

 星水の丘の石樽の影に隠れていた者たちが次々に現れてシャボン玉を飛ばし始めた。カラーパに彩られた明るい空が返ってきたとき丁度者どものシャボン玉が割れ始める。

 「良いぞ!ニカ!」

 「ニカ!僕たちを助けて!」

 「がんばれ!ニカ!私たちのヒーロー」

 声援を背に受けてニカは力を溜めて雷を殴った。雷の顔面は大きく凹んだ。しかし、怪獣もやられてばかりでなかった。雷は大きく身を仰け反らしついにニカを振りほどき地面にたたきつけてしまった。

 ニカの窮地に「ああ」と者どもの悲嘆が漏れ出る。その時、傷ついた雷は急にとぐろを巻き始めスパークした。狂った矢みたいに方々に細い雷が放たれて、星見の丘の人たちが傷ついていく。雷の矢はある人魚の目を焼き、ある巨人の腕を食い、ある人間の腹を穿ち、ある鳥人の心臓を止め、ある妖精の羽を捥いだ。

 ニカは地面にたたきつけられたあとピクリとも動かなかった。今度こそ雷の怪物は鎌首をもたげて妊娠した空間を食おうとしている。

 その時だった。リラが尾びれで大地を叩いて大きなシャボン玉を吐き出した。雷の怪獣がリラの動きに気が付いて鎌首を傾ける。

 「ニカ!信じているから!」

 リラのシャボン玉が割れた。

 雷の怪獣はプイとリラからそっぽを向いて再び空のふくらみに襲い掛かった。次の瞬間、雷は首を落とされて青い空に霧散していった。ニカが手刀で雷の首を切り落としたのだ。ニカは地面に着地したあと、全速力で駆けだして石樽の影からけが人を運び出す。

 「さあみんな、怪獣はいなくなった。助けられる命を助けるんだよ!」

 ニカの呼びかけでリラや丘の者たちはいっせいに動き出した。

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