第20話

小さな隕石でも落ちたみたいな衝撃で少し地面が揺れた。ニカは冷たい地面にざらざらとほおずりされても立ち上がることができない。焦げて丸くなった赤ちゃんの遺体が飾りのようにニカの周りを取り囲んでいる。ふと土の冷たい湿り気が届くぐらいの空間に裂け目ができた。裂け目はまるで笑っているみたいに三日月型に曲がって臭い息を吐き出した。ニカは顔をしかめながら顔をそむけた。その瞬間、笑っているような空間の裂け目が赤ちゃんの遺体に噛みついてそれをぼりぼり食い始めた。空間は飢えた犬のようにニカの周りに落ちている赤ちゃんの遺体を一つ残らず喰らいつくしてそのままチャックを締めた袋みたいに閉じてしまった。今はただ、少し太った空間が土やニカを少し押して歪めさせているだけになった。

 その空間のゆがみによって凹んだ地面から大地の骨の一部みたいな白いカラーパが現れた。その白い骨みたいなカラーパをみていると、まるで世界は巨人そのものでニカは自分が小さなノミみたいに非力な存在に思えた。

 「ははははは」

 耳をくすぐるようなきれいな笑い声がする。

 「よし、お前は今日から僕のペットだ。あれを取ってこい!」

 聞くだけで全身があったかくなるような明るい声だ。

 「おい、どうして僕の言うことを聞かない?そこに何かあるのかい?」

 声が近づいてくるにつれ冷え切ったニカの体が芯から温まっていく。まるで、柔らかい火が近づいてくるようなそんな安心感があった。そして、その声の主がニカの前に現れて彼水を抱き上げた。声の主はかなただった。

 ニカはかなたに抱かれながら弱弱しく微笑みシャボン玉を零した。「ねえねえニカ、見てよこれ」かなたはニカに向かって手のひらを見せた。その手のひらは手首からありえない角度で曲がっていてまるで千切れかけの枯れ葉みたいだった。「これ、面白いよ!」かなたがそう言ってそれをぶらぶら振るとそれはプープーと小人のラッパみたいな間抜けな音をさせながら今にも枯れ葉のように手首から千切れそうだった。

 シャボン玉がかなたのつむじの上まで登ってニカの弱弱しい表情と星光をその曲面に写す。それは星光を放ちながら弾けた。「かなた。わたし、疲れちゃったよ。」

 かなたはニカを抱きなおしてにっこりとほほ笑む。「僕がいるじゃないか」

 その言葉を最後にニカの耳と目は閉じて彼水は深い眠りについた。ニカに聞こえたのは光に焼かれた闇の断末魔みたいな暗く眩しい音鳴りだけだった。

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 (光に焼かれた闇の断末魔みたいな暗く眩しい音鳴りがした)

リラと玉兎とりんごは森の開けた空間に座り込んでかなたの帰りを待っていた。この森は森自体がパンニアでリラの目玉から透明な神経が枝葉のように伸びて森全体をまさぐっているみたいに森の枝葉や暗闇の形が視線で触っているみたいに触感として感じられた。それに、地面に深く座っていると自分のお尻の形の圧力がリラ自身の胃の底に感じる。リラも玉兎もりんごも森がまるで自分の胃の中みたいだった。

 りんごが吹いた小さなシャボン玉が弾けた。

 「か、かなたさんはまだかな」りんごは不安そうに白い翼の羽根を指先でいじっている。リラも二の腕のうろこをいじり玉兎はリラの髪の毛に噛り付きむしゃむしゃとそれを食べている。

 ふいに頭皮から星の雫がしみ込んで頭の中に煌めく雨を降らせているみたいな感覚をリラは感じた。輝かしい線が脳を縦に貫きながら潤していく。リラは頭上を見上げた。妊娠した星空の怪獣に襲われずに無事だったふくらみが次々と破れていき赤ちゃんが生まれていく。赤ちゃんたちは泥っぽい粘膜にぶら下げられながらゆっくりゆっくりと下りて来る。その泥っぽい粘膜は帯のように降りてきて星光を宿し煌めく。

 りんごがゆっくりと下りてきた赤ん坊を抱き止めてシャボン玉を吐いた。それは人魚の赤ちゃんだった。「あかちゃんだ。この子は土性だ。やったあ。産まれてきておめでとう!」りんごのシャボン玉が弾けて遅れて届いたセリフは赤ん坊の泣き声にかき消されて聞こえない。

 今度は火の粉を尾びれのように引きながら別の赤ちゃんが落ちてきた。それを受け止めたのはリラだった。人間の赤ちゃんらしくまるで火のように顔を真っ赤にさせながら泣いている。「かわいい」というシャボン玉がリラの口から思わず漏れた。リラは水かきのある手のひらで優しく赤ちゃんの頬を撫でた。

 他にもたくさんの赤ん坊がのろまな流れ星のように落ちて来る。ごつごつとした巨人の赤ちゃん、乾いた翼の天使の赤ちゃん、火の栗みたいに熱い妖精の赤ちゃん、鉄のように固い鳥人の赤ちゃん……

 玉兎は非力な妖精だから赤ん坊を受け止めることができずにおろおろしていた。気が付けば森の開けた空間は赤ちゃんの泣き声で奏でる大オーケストラになっていて夜の静寂はどこかへ逃げ出してしまった。「どうしようどうしよう」玉兎がガラスのささくれみたいな翼で右へ左へしていると「全部連れて帰ればいいじゃない」という声がした。その声はまるで天音のようにありとあらゆる音を塗りつぶし玉兎たちの耳に届いた。

 「かなた!」玉兎やりらやりんごの安堵した呼び声は赤ちゃんたちの泣き声にもみくちゃにされて潰れた。かなたはニカを胸に抱きながら自分の足元に何か語り掛けている。「いいかい。この赤ん坊たちを星水の丘まで連れて来るんだ。わかるね?」

 リラはかなたの腕に抱かれているニカの姿に気が付いて顔をしかめた。玉兎とリラはおたがいに目を見合わせ首をかしげる。「何と話しているの?」リンゴの疑問がシャボン玉に包まれて浮かび上がる。それが割れるよりも早く不思議な音がして赤ちゃんたちが皆ふわふわと浮かび始めた。それはまるで、小さな闇が喋っているみたいな冷たくて暗い落ちていくような声だ。

 「何と話しているのさ?」さっきのりんごのシャボン玉が割れた。かなたはにっこり微笑みながら「僕のペットさ」というのだ。とにもかくにもかなたたちは不思議な揚力を使って赤ん坊の全てを星水の丘に連れて帰ったのだった。

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