第18話

 かなたたちは草原を抜ける前にある孤独な丘の上に立ち寄った。その丘の上からはるか向こうの地平線に白いドレスの美人が音符のように座っている。

 「きれいなひと」

 リラの口から思わずそうシャボン玉が漏れた。

 「どこにいるのさ?」

 かなたがリラと同じ方をにらむがその白い美人を見つけられないでいる。

 りんごが指で地平線に円を描くようにしてシャボン玉を吐いた。シャボン玉が割れるまでの間かなたは手のひらを望遠鏡代わりに丸めたりリラの視線を指でなぞったりしてきれいなひとを探したけどダメだった。ようやく、リンゴのシャボン玉が弾けた。

 「ほら、あの地平線の空に黒子みたいなカラーパがあるでしょ?あの隣だよ。」

 「黒子みたいなカラーパだって?そんなものないよ。地平線にあるのは赤い城だけさ。まるで、導火線に火をつけた(倒れた蝋燭の灯)みたいなね」

 「うそをつくのはいい加減にしろ!」

 玉兎がリラの肩から身を乗り出して大きなシャボン玉を吐き出した。そのシャボン玉は玉兎自身の羽ばたきに切り刻まれて早く割れた。

 「うそかあ」かなたは穏やかな口調でそう返事をした。それはまるで、「愛かあ」と言っているような敬愛のこもった言い方だった。反発してくるのを期待していた玉兎はなんだか調子が狂った。

 リラたちに見えている白い美人の後ろの空が緊張しているみたいに赤く染まっていく。まるで空が白い美人に恋をしているみたいだ。リラたちは目玉にはちみつでも塗られたみたいに視界に甘い味が感じられて「うわあ」とシャボン玉をこぼして後ずさりした。そのあと、だんだん空が暗くなっていき鼻を突くような酸味が空から降ってくるようになった。美人の姿は暗闇に隠された。それに、かなたの姿も見えない。かなたはリラたちを置いて森の中に入ってしまったのだ。


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 ニカは燃えた街を後にした。「もっといてほしい」と水性の者たちに泣きつかれたけれどヒーローを独占することは誰にも許されていない。助けを求める声がここ以外でもあちこちに聞こえているからだ。それに、この街はニカがいなくても立ち直れるとニカは考えた。火性の者も土性の者も性別にかかわらず被害にあった水性の者たちを助けようと動いているからだ。

 ニカの帰路は毎度のごとくとんでもない大冒険だった。迷子になったペットを飼い主である人間の灯(火性の年少者)に届けて、そのあと道で怪獣に襲われていた鳥人の雫(水性の年少者)を助けて、戦争している国同士を説得して戦いをやめさせて、飢餓で苦しむ土地に種をまき泉を見つけ、今は小さな砂子(土性の年少者)が無くした人形を一緒に探している。

 茂みの中から人形を見つけ出し、砂子にそれを手渡した後鉛のような疲れがニカの全身を重たくした。ニカはまるで地震を歩いているみたいによろよろとしている。ニカの口から力なくシャボン玉が零れた。

 「かなたに会いたい」

 ニカのシャボン玉は星光の酸味に晒されながら夜空に昇っていきはじけた。

 その時、ニカはあることに気が付いた。星空がまるでブドウみたいに房状に膨らんで星の一つ一つを核としてカエルの卵みたいに肉付いていく。星空が妊娠したんだ。ニカはまるで万華鏡の底に落とされたような気分だった。粒粒に膨らんだ星空が星光を乱して眩しさで目が痛いぐらいだ。

 そんな肉肉しく膨らんでいく星の一つが弾けた。まるで巨大な水風船が破れたみたいに星から水が滝のように落ちてきてニカは全身びしょぬれになった。そして、ニカの手のひらに光り輝く人魚の赤ん坊が乗せられている。人魚の赤ん坊は大きなシャボン玉を吐きながら最初の産声を上げた。

 星光のプリズムを浴びながらニカは赤ん坊を深く胸に抱き抱えて自然と笑みと一緒にシャボン玉が零れた。そのシャボン玉は星光に串刺しにされながらも昇っていった。

 ふいに、赤ん坊の鼻筋を斜めに裂け目が入った。その裂け目から○○が噴出してきて赤ん坊の体は爆弾みたいに弾けとんだ。

 ニカはその爆風ではじき飛ばされて木か何かに頭をぶつけた。ニカは力を失って立ち上がることすらできない。

 怪獣が暴れている。まだ、産まれてきてもいない命を怪獣は奪おうとしている。ニカは悔しくて仕方がない。その怒りを逆なでするみたいにさっきのシャボン玉が弾けてニカの声が遅れて届く。

 「君は水性の赤ちゃんだ。ようこそ世界へ。おめでとう」

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