第13話
リラが壁に頭をぶつけたからドテッと鈍い音がした。リラは部屋の隅の暗い膜みたいなカラーパに隠れていた。彼水は恐ろしい夜の出来事を目撃していた。足音が近づいてきてリラの心音が高鳴る。シャボン玉が暗いカラーパに触れる前にはじけた。「何の音だろう?」ニカの声だった。リラが自分の口を塞ぐ手に冷や汗が溜まっていく。
「地面がせき込む音じゃないかな?」かなたがしゃがれた声で窓の外を指さした。庭には大きな穴が開いていてその穴が病を患ったみたいにぜえぜえ咳き込んでいる。その咳を咳切虫の群れが追いかけて空に向かって半透明なひし形を連ねる。
ニカとかなたは部屋を後にした。かなたは首についた手形の痣を触った後部屋のドアをバタンと閉じた。リラはカラーパの幕から飛び出して四つん這いになって息を吸った。頬から垂れる冷や汗が床に小さな水たまりを作る。
リラは口からシャボン玉を吐き出した。シャボン玉は重たく沈んでいき床に出来た小さな水たまりに触れると同時にはじけた。「ニカがかなたを苦しめている。」
「ゴホッゴホッ」と激しい咳払いの声がして部屋が少し揺らいだ。リラはニカが戻ってきたのだと思ってびくっと怯えた。しかし、ドアが開くことはなかった。ただ、窓の向こうで半透明なひし形が噴水のようにいくつも着きあがっているだけだった。
リラはこぶしをぎゅっと握って床を叩いた。リラの拳から血のにじんだ鱗が何枚か剥がれて床に突き刺さる。リラはシャボン玉を吐き出した後すくっと立ち上がり部屋を後にした。部屋に残されたシャボン玉はまるで、水晶のような固い質感を持っていたが朝の光に貫かれ破れた。「かなたを守らなきゃ。」リラの強い決意を聞いたのは誰もいない部屋だけだった。
//////
妖精は赤い宝石を盗んでそれを路地裏の木箱に隠した。お炎さん(火性の兄姉に当たる存在)の病気を治すために絶対にその宝石が必要だった。妖精が何食わぬ顔で通りの戻るとシャボン玉が人込みを縫うように妖精のもとに届いて割れた。「トラル、お前に連絡が来ているぞ」トラルはドキッとしてあたりを見回した。ここは初めて来た街でトラルの名前を知っている人などいるはずがないからだ。ある露天商の屋台の影に一人の僧侶が暗くうずくまっている。その僧侶は目を閉じたままトラルを手招きしている。この臆病な妖精は緊張で固く羽ばたきながら僧侶の元へ向かった。僧侶は妖精の耳に優しく手のひらを開いた。
「やあ、トラル。君のお炎さんを直す方法がわかったよ。」
トラルはシャボン玉を吐き出した。「どういう方法?そもそも君は誰?」
「ぼくは、ニカだ。君のお炎さんを直すには西の流れ山に生えている薬草が必要だ。その薬草をこの僧侶に持たせてある。」
僧侶は妖精に貸している手と逆の手を開いた。その中には赤い実をつけた草があった。
「さあ、君のお炎さんのもとにこの僧侶を案内してくれ」
妖精は僧侶を馬車の荷台に案内した。馬車の荷台の中にはまるで火傷したみたいに暗く痛々しい肌の人間が横たわっていた。「お炎さん、薬を持ってきたよ。」妖精はそう言って赤い実をつけた草をその人間に食べさせた。すると、人間の荒れた肌は凪のようにつややかに均され暗い肌は健康な明るさを取り戻し、美しく力強い人間の火性がその真の姿を取り戻した。「やったあ。お炎さんの病気が治った。」涙で潤んだシャボン玉が馬車の荷台の中を忙しく行き来する。
その人間は病との戦いの疲れが残っていたのか眠ってしまった。僧侶の手のひらからニカの声が届く。それは厳しく耳を刺すような声だった。「トラル、君は今すぐ木箱に隠した宝石を持ち主に返しなさい。その人にとってその宝石は命よりも大切なものだよ。」
トラルはぶんぶんと首を縦に振りビーズみたいなシャボン玉を吹き出した。「もちろんだよ」
「ありがとう。トラル。僕はいつでも君を見ている。君は一人じゃない」
それからニカの声が僧侶の手から聞こえてくることはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます