第12話
ニカは腹を立てていた。世界の裏側で人魚の岩(土性の大人)が妖精の雫(水性の年少者)から宝石を盗んだからだ。それは、妖精の雫が死んだ炎(火性の年長者)からもらった大切な宝石だった。それは、今宵の美味星みたいに鋭い輝きを持つ宝石だった。雫が膝を抱えてしくしく泣いているのを知ってニカは自分の心まで裂けるようだった。だが、ニカは今、星水の丘のある家の中で寝ている。世界の裏側に駆け付けるには一週間歩き続けても足りないだろう。
ニカは腹を立てていた。今日は金曜日だというのにニカの口の中は苦くて不快だったからだ。どれだけ口を漱いでもどれだけ歯を磨いても、その苦みは取れなかった。まるで、舌が死んでしまったみたいだ。
ニカは腹を立てていた。もう寝る時間だというのに、隣でかなたがうるさいからだ。彼火は天井すれすれや壁のくぼみにあるカラーパを数えていた。部屋の中は小宇宙みたいに色とりどりのカラーパに満ちていた。「あっ、新しいの見っけ。」
かなたが指さした方向に本棚があってその本の列の歯抜けになった部分に灯みたいなカラーパが挟まっていた。かなたがニッとこちらに微笑みかけてきて、ニカはなぜだかカッとなって彼火の首を絞め床の押し倒した。かなたのおでこの角が真っ赤に膨らんでいく。かなたは震える指を持ち上げてニカの鼻先を押した。ハッとなってニカがかなたの首から力を抜いて仰け反るとちょうどニカの鼻に隠れていた小さなカラーパが現れた。それは、大の字に手足を開いてはしゃぐ妖精を思わせた。
首を解放されてかなたは「ゲホゲホ」とせき込んで目に涙を浮かべている。空間に潜んでいた咳切虫たちが半透明なひし形を連ねながらかなたの弱弱しい咳を追いかけていく。かなたは床に頬をくっつけたままにやりと笑った。床に隠れカラーパを見つけたからだ。かなたの額を真横に落ちていく汗が床の溝に流れ込み、砂粒みたいなカラーパを濡らしたのだ。
ニカの口の中は相変わらず苦いままだった。苦い味が喉を通って胃に落ちていく。この味に触れた部分が死んだみたいに無感覚になっていく。ニカは一晩中かなたを殴り続けていた。かなたの角は折れ、瞼が腫れて目はつぶれ、頬は傷だらけで、全身あざだらけだった。朝になるととうとうニカは疲れ果ててしまった。体が鉛のように重たくて身動きが取れない。眩い光が空気から星の味を追い出していく。
かなたは床の上で俯けに倒れていた。朝の光が彼火の背中のあざや首筋を刺した。すると、かなたは「うっ」とうなりながら一つ震えて、そのあとむくっと起き上がった。ニカはとうとう復讐されるのだと思ってびくっと身を縮ませた。
「うーん」
かなたは傷だらけの体に朝の光を浴びながら伸びをした。眩い光の渦がかなたの体を癒すように包んでいく。かなたはニカの方を向いてニッと笑った後こちらを指さしてきた。彼火の笑顔を支える首にはニカの手形が痛々しく刻印されている。
「13個め」
「え?」という驚きがニカの口からシャボン玉となって放たれた。そのシャボン玉がかなたの顔を隠して一瞬ニカの目はピントがぼやける。シャボン玉が割れた時、ニカはカラーパを見つけた。それは、かなたが指さす先にある透明な指輪だった。窓から差し込む光の屈折のみがこの透明な指輪を空間にはっきりと刳り貫いている。
「夜の間、ずっとカラーパを探していたの?」ニカの質問がシャボン玉から放たれるよりも早くかなたは「うん」と頷いてニカの手を取りそれを引き寄せた。かなたはニカに透明な指輪をはめた。ニカはかなたに抱き着いて、「ごめんなさい。ごめんなさい」と溺れるよりも多くの泡を吐いた。
かなたはニカの背を優しくさすった。
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