第11話

 かなたたちは夜を待っていた。今日は金曜日だから美味星の光を味わいながら晩餐会をしようというリラの提案だった。陽が傾いて、空が虹に鞭うたれたみたいなカラフルな傷跡が西日で暗く焦げ付いていく。眩い夕陽が生命を孕み膨らんだ空間を横から刺激し一つ大きな揺れが起こった。空間の痺れが丘の上まで伝わってきてリラなどは鱗を逆立てていた。

 それからは、美しい静寂が丘を支配した。死にかけの太陽に代わるように美味星が現れた。それは、夜に針穴を開けたように煌めいて眩しい美味を放つのだった。石樽に満ちる水が星の光を味わうように揺れている。丘をいくつもまたぐ石樽の群れが光を孕んで揺れるから星の海が大地に降りてきたみたいだった。

 シャボン玉が一つふわふわと漂ってきて、りんごが籠を皆に差し出した。「み、みんな。い、一緒に果物を食べようよ」シャボン玉が美味しい光を放ちながら弾けてりんごの遠慮がちな呼びかけが遅れて聞こえた。

 玉兎もリラも水中で宝箱を開けたみたいに泡を吐き出して色とりどりの果物を掴んでいった。かなたも果物を掴んでそのつややかな表面に星の光をべったりと塗りそれを頬張った。かなたの歯で砕かれた果肉が口内で果汁を吹き出し星の味と混じりあう。かなたの口の中は艶っぽい味で満たされたが、果肉は噛むたびに歯ごたえを失い、果汁は喉を通るたびに蒸発し、味は幽霊みたいに消えてしまって胃に届くことはなかった。

 玉兎もリラもそれは同じらしくて最初はおいしそうに果物を頬張っていたけど、途中で水を被ったみたいに大人しくなった。


  さっきの泡沫がいまさらながら弾けた。

 「いただきます」

 明るいその掛け声は今はむなしく夜に響いた。これこそが食事だった。一瞬の楽しみ。食べ物は口に入った瞬間から霊化をはじめる。この世界で胃を満たす経験をしたものは一人もいないはずだった。

 「ふー。お腹いっぱい」

 かなたが満足そうにそう言って自分のお腹を触っている。玉兎はぎょっとしてかなたの方を見てシャボン玉を吐いた。

 リラもりんごも同じように不思議そうな視線をかなたに向けた。

 玉兎のシャボン玉が夜を三回巡った後はじけた。

 「お腹いっぱいってどんな感じなの?」

 かなたはお腹を押さえながら「あったかくて、幸せな感じだよ」と笑った。

 「でもさ、君だって何かを食べたらそれは幽霊みたいに消えるはずだよね?」リラのその質問はシャボン玉に包まれていつまでも夜に停滞した。その質問がかなたの耳に届くことはなかった。なぜなら、それがはじけたタイミングに被せるように天音が鳴ったからだ。それは、星空の悲鳴みたいな音鳴りだった。その音鳴りに合わせるように光の槍が降ってきて夜を斬り裂き、妊娠した空間の膨らみを突いた。空間の膨らみにできた傷口から無数の光が噴出して血のように夜に眩しくこびりついた。光の槍は意志を持っているみたいにひたすら空間の膨らみを傷つけ続けている。

 天音が止むとかなたが悲鳴を上げてその場にしゃがみ込んだ。「いやだ!赤ちゃんが死んじゃうよ!」

 その時だった。光で汚れた夜空を一人の人間が駆けていき、光の槍を真っ二つに折ってしまった。槍は眩しい悲鳴をあげながら小さくなってついには夜に飲み込まれた。光の槍を倒したのはニカだった。ニカは妊娠した空間の傷を塞ぐように抱き着いている。

 「何とかしなきゃ」かなたは友達を置き去りにして丘を駆け下りニカと一緒に空間の傷を塞ごうと必死でもがいた。

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