第5話

 外は風が冷たく厳しかった。図書館の庭の枯れ木が曇天を引っ掻いて、空間にできた擦り傷が血色に滲んでいる。鳥人は天使の手を乱暴に握ってとげとげとしたシャボン玉を吐き出す。天使は鳥人の拘束から逃れようと藻掻いて、ほどけた数珠みたいな汗の雫があたりに飛び散った。

 さっき鳥人が吐いたとげとげしたシャボン玉が風に破られる。

  「お前らが悪い!お前らが悪い!」

 天使は溺れているみたいにシャボン玉を吐きかなたたちに向かって手を伸ばした。かなたは走りを緩めて歩き出しついに立ち止まっておでこの角を指先でいじり始めた。天使の乱れたシャボン玉が弾けて助けを求める声が遅れて届いた。

 「そこの妖精さん。助けてくれませんか?」

 玉兎はかなたの横髪を神社の縒り綱みたいに引っ張った。玉兎のドングリ顔の虫食いからビーズみたいに小さな泡が噴き出す。


 かなたは鳥人の肩をがっしりと掴んだ。まるで、炎に捕まれているような熱い痛みが鳥人の肩に手形を作った。鳥人はその痛みに耐えかねて天使を離した。

「悪は許さないぞ!」

 かなたがそう迫っても鳥人の目は焦点を失ったみたいに泳ぐだけだった。

 小さなビーズみたいな玉兎のシャボン玉がいまさら破れた。シャボン玉に囚われた声は速度を奪われ遅れて聞こえるのだ。

 「その子から手を離せ!」

 玉兎の命令に鳥人は卑屈に顔をゆがませて天使を解放した。かなたは大きくあくびをしながら「よし」と頷く。その時だった。鳥人の目がようやく泳ぐのをやめて、かなたと玉兎を巨大な影が覆った。鳥人の砂みたいにざらついた瞳に映るのは牙をむき出しにしている獣だ。アニラだ。アニラは電気でできた毛をバチバチ鳴らしながらかなたたちを越えて天使の前の地面を踏んだ。アニラと目が合った天使は沈み切った溺死者みたいに泡一つ口から吐くことはなかった。彼水は自らの肩を抱いて地面に崩れ落ち、踵で地面を掘るようにして苦しんでいる。


 

 玉兎がかなたの横髪を再び引っ張りながらビーズみたいな泡を吹く。

 かなたは大きくあくびをしてその場に尻もちをついた。

 「なんかさあ、眠くなってきちゃったよ。」

 かなたはそう言って足を人の字に開いてくつろぎだした。アニラが地面を踏みつける震動が電気のようにかなたのお尻に伝わったけど彼火は構わず横になり目を閉じて眠ってしまった。

 ビーズみたいな泡が次々と破れて玉兎の焦るような声が遅れて届く。

 

 「助けなきゃ。かなた、君の鬼の怪力であの怪物をやっつけてよ!」

 

 空が寒さを嫌がってか雲を厚く纏いだし、あたりは明るさを失っていく。

 アニラは鎌みたいな爪で天使に斬りかかった。アニラの爪は絵筆みたいに天使の翼に赤い線を引く。天使が溺れるみたいにシャボン玉を吐き出しながら地面に伏せる。

 

 アニラが再び爪を振りかざす。「助けて!」という天使の願いはいつまでたってもシャボン玉の中に閉じ込められて曇天の下をさまよっている。アニラが雷のように叫んだその時だった。空から光の矢が一本降ってきてアニラの上顎から下顎を貫いて口を閉じさせた。そして、その矢を追いかけるみたいに一人の人間の水の性が降りてきた。

 

 「やっと見つけた。ニカ参上!」

 

 ニカが手を掲げると雲間ができてそこから光の線が一本降りてきた。ニカはその光の線を掴みガラスみたいにぱきっと折った。光の線は固形化しニカが操る槍となった。アニラはぐるぐると呻きながらニカをにらんだ。アニラの雷の毛がバチバチと暴れて空間に発散される。アニラは口を貫く光の矢を折り大きく叫んだ。その叫び声は大砲みたいに周りにいる者たちを威圧し、空間に風穴を開けた。しかし、ニカは水のように柔らかく光の槍を操ってアニラの首を薙ぎ落とした。アニラの首は小石みたいにあっけなく地面に転がり跳ね上がって空間の裂け目に落ちていった。巨大な体が伐採された木みたいに遅れて倒れる。


 ニカは光の槍を地面に突き刺し、天使の方を振り返った。彼水が天使に微笑みかけるその背後で光の槍が蒸発するみたいに空中に溶けて消えていく。天使は少しためらいながらもニカの手を取って立ち上がった。

 

 そして、天使とニカは鳥人の方を向いた。鳥人は小さく泡を吐きながら肩をこわばらせ、ついにその場から逃げ出した。残されたのは「うわあ」という情けない声を閉じ込めた小さな泡だけだった。

 鳥人が逃げる先でちょうどかなたが横になって寝ていた。

 それはちょうど玉兎がかなたの肩を揺すること101回目だった。ついにかなたは目を覚まし体を起こして大きく伸びをした。すると、鳥人がかなたの足でつまずいてその場に前のめりにこけたんだ。かなたは自分の欠伸を噛み殺し鳥人をにらんだ。鳥人は相変わらず目を泳がせて起き上がろうとするたびに手を滑らせて倒れている。かなたは地面を拳で叩いた。大地が骨折したみたいに揺らいで、鳥人は立っていられない。鳥人の怯えた嘴は小さなシャボン玉を吐き続けていたが、それは鳥人ごと山の向こうに吹き飛ばされた。急に、かなたがくしゃみをしてそれが嵐のような突風で鳥人を吹き飛ばしたのだ。

 かなたの大砲みたいなくしゃみで地面が抉れて花みたいな色とりどりのカラーパが地表に顔を出した。かなたはなんだか退屈そうに唇を結んでいる。すると、ニカが天使を連れて花園の幽霊の元へとやってきた。ニカがかなたへ向かってシャボン玉を口から吹くとちょうど冥鳴りがした。光が渦を巻く摩擦音みたいなまぶしくて引力のある音だった。天音が止むとニカのシャボン玉が破れた。


 「かなた、遅れてごめんね。色々あったんだよ」

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