第3話

 ~かなた~

 かなたはずっとニカを待っていた。三日目が過ぎた。夜の間、星が光と一緒に甘味を放って時計台を濡らしていた。朝が来て太陽の光が箒のように、時計台の甘ったるいべたつきを世界から掃き出していく。かなたのおでこの角に朝の光がやさしく触れてかなたは顔をあげた。ニカは現れなかった。朝の明るさは雲に隠されて、時計台はずっと小雨に晒されていた。まるで、透明な針みたいな小雨がかなたの肌に刺さるたび跳ねるような音色が感じられた。かなたはまるで、自分の全身がピアノにでもなった気分だった。雨粒に頬や腕を押されるたびに、かなたは澄んだ音色を肉体で聞いた。腕を振ったりジャンプしたりしてかなたは小雨と遊んだ。かなたの肌が雨を浴びるたびにきれいな音色が肌を貫き骨まで届く。

 水たまりを踏んで遊ぶかなたに一つのシャボン玉が運ばれてきて、かなたの鼻先で割れた。

 「すみません。星水の郷はどこですか?」

 まるで糸のように細い声だった。その糸を辿るようにして一粒のドングリが空中を浮遊してやって来る。そのドングリは芋の体に戴かれその芋には小枝の手足が生えていた。ドングリに空いた虫食いが塞いだり開いたりを繰り返し小雨の粒を一つ一つ揺らがせる。すると、ドングリの虫食いからシャボン玉がかなたの鼻先に運ばれてきて再び割れた。湿った甘い匂いと一緒にあのか細い声がする。

 「どうしても、合わなきゃいけない子がいるんです。」

 かなたがその声を聞き終わったのを見て、そのドングリの顔を持った妖精はふらふらと墜落して水たまりに沈んだ。

 かなたは最初、死にかけの蠅を見下す幼子みたいな残酷かつ好奇心に満ちた目をしていたけど急におろおろとして慌てだし、妖精を拾い上げ袖で顔を拭ってやった。妖精はぼろぼろの布みたいに力なくかなたの指に垂れかかる。かなたは妖精を優しく肩に乗せてやった。すると妖精はかなたの横髪にしがみつきその毛先を赤子のように口に含んだ。

 ふいに雲間ができて光がピアノを弾くような冥鳴りがした。小雨は眩さを帯びその雨粒は美味を増していく。全身が舌になってしまったみたいにかなたはびくびくと震え仰け反って美味しい雨粒を楽しんだ。


~リラ~

 リラはずっと背中に視線を感じていたから、曲がり角を曲がったタイミングで全速力で駆けだした。思えば、3日ぐらい前からたびたびリラは誰かに後ろを付けられているようなそんな気がしていたのだ。不意に光がピアノを弾くような明るい音がして世界が一気に明るくなった。目がくらんだからリラは柱に気が付かずにぶつかってしまった。

 「やっと追いついた!」

 土性の人がリラに手を差し伸べる。リラは緊張ゆえに唾をゴクリと飲み込んだ。全身のうろこが逆立つような恐怖を感じてリラは地面にお尻が埋まったみたいに立ち上がれない。

 その人間の土性は「あっそうだ」と言って左手を開いた。そこに現れたのは一枚の金貨だった。

「さっきあの曲がり角でこれを落としましたよね。どうぞ。」

リラはその人間の土性から金貨を奪うように受け取ってお尻を引き摺るように後ずさりした。

 「あなた、一体何なんですか?三日前からずっと私の周りをうろうろして!」

 リラが責めるように相手をにらむと人間の土性は微笑んで「いえ、あなたが何だか悲しそうだったから」というのだった。

 リラは水かきのある手で相手の手を弾いて急いで立ち上がりその場から逃げ出した。

 リラは路地裏の暗がりに手をついて息を切らしている。

 「なんなんだよあいつ」

 リラは乱れた息を飲み込んでその場にしゃがみ込んだ。リラは泣いていた。彼水は一週間前に玉族を失ったばかりだった。

 「ダク、帰ってきてよ」 

リラが膝を抱えてうずくまる。その丸まった背を預けた壁に裂け目ができて、人間の頭ぐらいの大きな目玉がぎょろついた。

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