第12話 女魔術師の恐怖・4


 アルマダは、マサヒデの前にしゃがみこみ、マサヒデの手にそっと手を乗せた。


「・・・では・・・マサヒデさん」


「・・・はい」


「マツ様の所へ参りましょう」


「・・・」


「マツ様を受け入れましょう」


「・・・」


「私は、こんな所であなたを失いたくありません」


「・・・」


「マサヒデさん。あなたは、人の国で3本の指に入るほどの魔術師を、妻に娶ることが出来るのです。それほどの方に、あなたは認められた。誇るべきことです」


「・・・」


「さあ」


「・・・」


「彼女に失礼のないよう、精一杯、喜んでもらいましょう」


「・・・」


「マサヒデさん」


「アルマダさん・・・」


「行きましょう」


「アルマダさん・・・私は・・・私は! マツ様が怖ろしい!」


 マサヒデは、がば、とアルマダに組み付いた。

 アルマダはマサヒデの顔をじっと見て、


「マサヒデさん。あなたの腕は、私が一番良く知っているつもりです。この部屋にいる皆が、あなたの腕を知っています」


「・・・」


「そのあなたが怖ろしいというほどの人物を、あなたは伴侶とすることが出来るのです。これほど心強い伴侶がいますか? お二人とも、どう思いますか?」


「・・・喜ぶべきことであり、誇るべきことです」


「・・・う、ううっ! はい・・・その通りでございます・・・」


 メイドは口に手を当てて泣き出した。


「も、申し訳ありません・・・目出度い話に涙など・・・感動してしまっただけ、です・・・」


「さあ、マサヒデさん。参りましょう。」


「・・・はい・・・」


「・・・マツモトさん。とりあえず、早馬の準備を願えますか。

 宛先はトミヤス道場、道場主、カゲミツ=トミヤス様宛。

 息子、マサヒデさんの結婚の報告を、と、いった所ですか。

 細かい内容は、戻ってから考えましょう。一番高い紙を、お願いします」


「・・・お任せ下さい」


「さあ、マサヒデさん。マツ様がお待ちです」


----------


 ぱたん、とドアが閉じられ、廊下にマサヒデ、アルマダ、メイドが立っていた。


「マサヒデさん。これから、マツ様に結婚の申し出をします。よろしいですね」


「・・・」


 メイドはまだ口に手を当て、涙を流している。


「腹を決めて下さい。カゲミツ様と、真剣で勝負をするつもりで臨んで下さい。妻を娶るということは、たとえ相手がマツ様でなくとも、それだけの・・・いや、それ以上の覚悟を持って望まねばなりません」


「はい・・・」


 アルマダはマサヒデの肩を掴み、マサヒデを揺さぶった。


「さあ! 顔を上げて下さい! 背を延ばして!」


「よろしいですか。マツ様の手を取って『父や母の承諾などいりません。あなたを妻に迎えたい』と。こう伝えるのです」


「はい」


「私が仲介人となります。よろしいですね」


「はい」


「さあ! 気をしっかり持って! 良いですか、あなたの肩に、この地域全体の・・・いや! この国の命運がかかっているのです! あなたのお父上も! お母上も! 全てあなた次第なのです!」


「・・・はい!」


 やっと、マサヒデの目に正気が戻ってきた。


「さあ、胸を張って下さい。参りましょう!」


「・・・行きます! このマサヒデ=トミヤス、精一杯、マツ様に向かわせて頂きます!」


 マサヒデと、仲介者として立ち会うアルマダの顔は、真剣勝負に望む顔であった。

 マツモトの顔は、死地に赴く者を送る顔であった。

 メイドは涙を流しながら、廊下を歩いていく2人に頭を下げた。


----------


 魔術師協会・・・マツの家は、相変わらずの佇まいであった。

 村の寺子屋程度の、小さな平屋。侘びた庭。静かな空気・・・

 ここで、これからこの国の命を賭けた戦いが始まる。


「頼もう! マサヒデ=トミヤス! アルマダ=ハワード! マツ様にお目通り願いたい!」


 ぱたぱたと足音がして、奥から慌ててマツが走って出てきた。


「トミヤス様・・・ハワード様まで、どうなさいました?」


「マツ様。先程、マサヒデ=トミヤスの結婚のお話、聞かせて頂きました。

 このアルマダ=ハワード、マサヒデ殿の不肖な友ながら、お二人の仲介人をさせて頂きたく、参りました! 私に、立ち会いの許しを願いたい!」


 マツは驚いて、口に手を当てて目を開いている。


「あ、あの・・・ご両親の承諾を得てから、という話でしたが・・・」


 ここだ!

 アルマダの目が光る。

 マサヒデは用意していた武器を繰り出した!


「父や母の了承などいりません! 私は・・・私は! 今すぐにでもマツ様を嫁に迎えたい! マツ様! どうか、私と夫婦めおとになって下さいませんか!」


 ばっ! とマサヒデは頭を下げた。

 マツの目から、つー・・・と、静かに涙が落ちた。


「・・・」


 マサヒデは顔を上げ、マツの手を取った。


「マツ様。私は若年の未熟者。その私を、あなたほどの方が見込んでくれたこと、このマサヒデ、心から嬉しく思っております・・・あなたさえ、よろしければ」


「うっ・・・うっ・・・」


 マツは両手でその手を握り返し、感極まって泣き出した。


「トミヤス様・・・マサヒデ、様・・・!」


「いかが」


「はい・・・はい! 私、私・・・マサヒデ様の妻となりとうございます!」


 一見、感動的な結婚の申し込みなのだが、これはこの地域全体の、ひいては国の命運が賭けられた大勝負。

 ほんの少しの失敗も許されない・・・


「マサヒデさん、マツ様。立会人として、このアルマダ=ハワード。改めてお二人に尋ねます」


「う・・・ぐすっ、はい」


「はい」


 マツの顔は、泣きぬれて涙でぐちゃぐちゃだ。

 マサヒデの顔は真剣そのものだ・・・愛の告白に来た顔ではなく、命を賭けた戦いの顔だが・・・


「マサヒデ=トミヤス。あなたは、このマツを、終生の伴侶と致しますか」


「はい」


「マツ様。あなたは、このマサヒデ=トミヤスを、終生の伴侶と致しますか」


「はい、はい!」


「お二人の結婚! このアルマダ=ハワードがしかと見届けたッ!

 天地万物に! この二人の祝福を願うッ! 二人の幸せが! 終生まで続くことを願うッ!

 マツ! あなたは本日、今この時より! マツ=トミヤスである!」


「ああ・・・!」


「・・・最後の儀式を行います。お二方、庭へ」


 アルマダは、2人を庭へ促した。

 マサヒデは泣いているマツの手を引き、庭へ来た。


「さ、お二方。そこへ膝を」


 マサヒデとマツは、言われるまま地に膝をつけた。


 アルマダは剣をしゃっと抜き、天に掲げた。

 そして、2人の肩にぽん、ぽん、と軽く置いた後、再び剣を天に掲げ、大声で叫んだ。


「神よ! この2人に祝福を!」


「うっ・・・! ぐすっ・・・」


 マツは地に顔を伏せて、肩を震わせて泣きだした。

 ・・・マサヒデの顔は眼光鋭く、綿埃が肩に乗っただけでも刀を抜きそうな緊張感が漂っている・・・


「さあ、マツ様。顔を拭いて」


 アルマダは伏していたマツの顔を上げ、懐からシルクのハンカチを出して、マツの顔を拭いた。

 顔は祝福の笑顔だが、その背中にはこれまでにない緊張が走っている。

 その緊張を表に出さないよう、アルマダは必死の努力をしていた。


「美しい顔が台無しですよ。あなたは今この時から、マサヒデさんの妻。さあ、マサヒデさんにその顔を見せて」


「はい・・・」


「さ、マサヒデさん」


「マツ様・・・」


 マツは笑い顔で、涙を流しながら言った。


「ぐすっ・・・マサヒデ様、妻となって、初めてのマツのお願い、聞いて下さいますか」


 マサヒデとアルマダに電撃が走ったように、ぴたりと動きが止まった。

 

「『マツ様』などと・・・『マツ』と、お呼び捨て下さいませ・・・」


 マサヒデとアルマダに、安堵の感がよぎる。

 マサヒデはぽん、とマツの肩に手を置いた。


「マツ・・・いえ、あなたほどの方を呼び捨てになんて、私には出来ません・・・『マツさん』で、よろしいですか」


「はい」


「マツさん、これから、よろしくお願いします」


 そう言って、マサヒデは止めを刺した。

 ぐっと肩を寄せ、マツを抱きしめたのだ・・・


「マサヒデ様・・・」


 ふう、とアルマダは息をつき、そっと額の汗を拭った。

 オリネオの町は、救われた・・・

 アルマダの顔は喜びに包まれ、笑顔になった。

 その喜びは、人々の安全と、安心が守られた喜びであった。

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勇者祭 2 交渉 牧野三河 @mitukawa

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