第11話 女魔術師の恐怖・3
マサヒデは甘かった。
マツはずっと機を伺っていたのだ。
「私を娶って頂きます。それが、トミヤス様とハワード様に稽古をつける条件です」
「なんです!? マツ様を嫁に!?」
「正妻でなくとも、妾で結構です。私を娶って頂きます。さあ、いかが」
くらくらしてきた。
マツを娶ることが条件とは。
「い、いや・・・いや・・・どうでしょう・・・」
頭が回らない。
「さあ、試合まで時間はありませんよ。どうなさいますか」
マツが攻めてくる。
「う、う」
「・・・」
マツがじーっとこちらを見てくる。
「あの・・・」
「私では不足でしょうか?」
マツの目はマサヒデにぴたりと食いついている。
喉元に剣先をつけられ、少しでも動けば、死。そんな感じだ。
試合なら「参った」で済む所だが、断ることは出来まい。
「今まで独り身で、ずっと寂しかったんです。トミヤス様なら・・・」
潤んだ目と、その言葉とは裏腹に、八方からぴたりと槍をつけられたようだ。
いたずらの時の怖ろしい空気とは、また違う。
ほんの毛先ほどの動きを間違えれば、命を落とす。
これは、真剣の、本気の勝負の、立ち会いの、いや、戦の空気・・・
マサヒデの喉がごくり、となった。
背中を冷や汗が落ちていく。
「あの、あの」
「なんでしょう」
ぎりぎりの所で、何とか言葉をひねり出す。
「私、まだ若年の身。妻を娶るとなりましたら、まず父上、母上に了承を得たいと・・・」
「・・・」
「お申し出は大変ありがたいのですが、しばしお時間いただけませぬか・・・」
「・・・」
「家はすぐ隣村! 馬を飛ばせば明日にはお返事を!」
「・・・分かりました。良いお返事が来ることを願っております」
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マサヒデは冒険者ギルドに駆け込み、アルマダとマツモトが打ち合わせをしている部屋に駆け込んだ。
ばたん、とドアが開き、アルマダとマツモトが驚いてマサヒデを見た。
息を切らし、顔は蒼白で汗だくだ。
ただ事ではない。
「マサヒデさん!?」
「トミヤス様! どうなさいました!」
2人が驚いて立ち上がり、メイドも驚いて何事かという顔をしている。
アルマダがはっとして、
「! マツモトさん! 下がって!」
しゃ、と剣を抜き、ドアの方を向いた。
メイドがさっとアルマダの斜め後ろに立つ。手には手裏剣を握っている。
かた、と音がして、マツモトが机の裏に隠してあった短銃を取り出し、ぴたりとドアに向けた。
「マサヒデさん!」
アルマダが踏み出し、マサヒデを部屋の奥に引っ張りこんだ。
メイドがマサヒデを部屋の奥の机の影に引いていき、アルマダの後ろにさっと戻る。
マツモトはマサヒデの前に動いて片膝を付き、銃を構えている。
マサヒデは床にへたり込んでいる。
「・・・」
緊張した空気が部屋を包む。
アルマダの頬に、汗がつたった。
外から、ロビーのざわざわとした声が聞こえる。
マサヒデが駆け込んできたので、皆が驚いたのだろう。
「・・・アルマダさん・・・」
マサヒデがやっと、という感じで口を開いた。
「だ、大丈夫。曲者では、ありません・・・」
「・・・」
アルマダは警戒しながら、そっとドアに近付いた。
ゆっくりと廊下に顔を出し、左右上下を確認する。
受付嬢が、驚いた顔でこちらを見ている。
「・・・何も、いませんね・・・」
アルマダはそっとドアを閉じ、ゆっくりと下がった。
はあ、はあ、とマサヒデの荒い息が聞こえるだけで、部屋は静寂に包まれている。
そのまましばらく待ち、アルマダはゆっくりと剣を納めた。
マツモトは窓の近くの壁にぴたりと背を当てて、外を見ている。
「何があったんですか」
3人の目が、マサヒデを見た。
「た・・・大変なことになりました・・・」
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「さ、まず座って」
アルマダはマサヒデをソファーに座らせた。
「水をお願いします」
メイドがコップに水を注ぎ、マサヒデの前に置いた。
マツモトは銃を懐に納め、不安そうにマサヒデを見ている。
「・・・」
マサヒデはコップを手に取って、ぐいっと一口飲んだ。
「何があったんですか」
マサヒデは頭を抱え、目を見開き、かたかたと足を震わせている。
こんなマサヒデを見たことはない。
「・・・稽古を、お願いしたんです・・・」
「稽古?」
「マツ殿に、魔術師との戦い方の稽古を・・・」
3人が胡乱な目をしている。
「・・・どうしたら・・・」
何があったのか?
「トミヤス様、マツ様に怖ろしい魔術でもかけられたのですか?」
マツモトが声を掛ける。
「いえ・・・いえ・・・違います・・・」
「では、何があったのです」
マサヒデはまた水を飲んだ。
少し落ち着いたのか、マサヒデは喋りだした。
「条件を出されたんです。稽古をつけるのに、条件を」
「条件? 一体、どんな?」
「マツ様を・・・マツ様を・・・ああ! どうしたらいいんだ! 明日なんだ!」
マサヒデは頭を抱えてしまった。
「父上・・・母上・・・」
3人は顔を見合わせた。
「さあ、マサヒデさん。落ち着いて。ここにはマツ様はいません。話して下さい」
アルマダがしゃがみこんで、マサヒデの肩にそっと手を置いた。
マサヒデはアルマダの顔を見て、また頭を抱えてしまった。
「うう・・・アルマダさん・・・」
アルマダはマサヒデの言葉を待った。
しばらくして・・・
「マツ様を・・・私は、マツ様を娶らなければ・・・!」
がたっ、と音がして、マツモトが立ち上がった。
ごとん。メイドが水差しを落とした。
「・・・なんですって? もう一度、ゆっくりと仰って下さい」
「私は、マツ様を、娶らなければ・・・」
部屋に静寂が訪れた。
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かち・・・かち・・・
部屋には時計の針の音しかしない。
皆が黙り込んでいた。
「・・・何とか、しないといけませんね・・・」
アルマダがやっと言葉を発した。
「あの方が出した条件では・・・
それでは稽古は必要ありません、では・・・済みません、よね・・・」
「こんな事に・・・私がうっかり稽古を頼んだ為に・・・こんな事に!」
「マツモトさん。もし、ここで断ったらどうなると思いますか」
「・・・」
「言いづらいかもしれませんが、はっきり仰って下さい。対策の立てようがありません」
「十中八九・・・いや、十中十・・・死・・・かと。
下手をすると、この町ごと、いやこの地方は・・・」
「私もそう思います」
メイドが同意した。
部屋にまた静寂が訪れる。4人は暗い顔でうつむいた。
断ることはできない選択なのだ。
「マツ様は、どれほどの腕でしょう」
「オオタ様から聞いた話ですが・・・軽く、山を更地に出来るくらいの力は、お持ちだそうで」
「ほら話・・・では、ありませんよね」
「はい。隠遁生活をしておられるので、ほとんど知られてはおりませんが、マツ様は人の国の魔術師の中でも3本の指に入る実力者。王宮での
「他に何か彼女について情報はありますか」
「マツ様は人族ではなく、魔族です。
人の国の者として働いてはおりますが、魔の国の貴族出身だとか。
おそらくですが、年齢は100を超えているでしょう」
「魔族? マツ様は魔族なんですか?」
「はい。姿は人族にそっくりですが、魔族です。
私も20年ほど前までは冒険者で、その頃、この町に滞在していた際に、マツ様をお見かけしました。長命な種族なのでしょう。あの頃と、あの美しいお姿は全く変わっていませんね」
「そうだったんですか・・・」
「・・・当時の話ですが・・・
私の相棒が、酒に酔ってうっかりマツ様に声をかけてしまったことがございます」
マツモトは目を伏せた。
「彼は酔った勢いで、強引にマツ様の肩に手を・・・私も、店の中からその様子を見ており、止めに出ようと慌てて立ち上がりましたが・・・彼は・・・消えました」
「消えた? 魔術で?」
「・・・何かあっては、と、私は彼らから目を離しませんでした。目には見えない、一瞬の出来事だったのでしょう。音や光が出るようなこともなく・・・
道には鎧だけ、肩に手を置いた形で残っていて・・・中は空洞でした。
恐る恐るその鎧に触れると、鎧が音を立てて・・・
灰が残っていたとか、ネズミになったとか、そういうものではありません。
文字通り、消えていました」
「・・・」
「あれを魔術と言っていいのか・・・離れていくマツ様の背中は、平素と変わりなく・・・今でも忘れられません」
マツモトは目をつむり、少し沈黙して、ぽつりと呟いた。
「現場を引退し、事務職となり、このオリネオに回された時、マツ様に挨拶に行きました」
マツモトは目を見開いて震えだした。
「マツ様は、笑顔で、優しく声をかけてくれました・・・
『お久しぶりです。お友達はお元気ですか』と! 笑顔で!
今でこそ、仲良くさせて頂いておりますが・・・あの時は・・・!」
「マツモトさん、なにか、私の知らない魔族の慣習などで・・・これを避けられるようなものはご存知ありませんか」
「思い付きません。それに、そのような慣習があったとしても・・・」
「・・・」
マツモトもメイドも下を向いた。
「マサヒデさん。返事は明日中に、なんですね」
マサヒデは、ばっ、と顔を上げて、アルマダの顔を見つめ、またうつむいた。
「・・・はい。明日中に」
「祭が終わるまで・・・などと、逃げられませんよね・・・祭が終われば、マツ様が・・・」
「・・・」
アルマダは腕を組み、天井を向いた。
「断ることは出来ない。逃げることは出来ない・・・」
「いっそ、うけてしまえばよろしいのでは? 正妻でなくても良いと仰っていたのでしょう?」
「マツモトさん・・・それは・・・」
「断ることが出来ないなら、こちらから進んでうけて相手を喜ばせ、隙を探す・・・というのも」
「あのマツ様が、隙を見せると思いますか?」
「可能性はあります。マツ様はずっと独り身を嘆いておられました。ここでトミヤス様がぐっと近付いて・・・そうですね・・・たとえば『父上や母上の返事などいりません! あなたが欲しいです!』と言われたら。あのマツ様はどれほどお喜びになるでしょう。どこかに隙は出来る・・・かも・・・」
「かも・・・ですか」
マツモトはメイドの方を向き、
「ここは女性の意見も聞きましょう。君はどう思う」
メイドは微かに眉をよせ、少し考えた。
「婚約・・・いえ、ダメですね。祭を理由に逃げるのと同じです。追われましょう・・・やはり、受け入れるしかないかと」
「オオタ様にもご相談してみましょうか・・・」
「いえ、社長のことです。盛大な式でも挙げよう、などと仰られるでしょうな」
「私もそう思います」
「手はなし・・・ですか」
アルマダは腕を組み、天井を向いた。
「そうだ! マサヒデさんのご両親から反対があって、結婚は許されないとしたら、いかがでしょう。いくら何でも、マサヒデさんのご両親を無下には致しますまい」
「やめた方がよろしいかと。そうなれば、必ずマツ様は道場に出向かれる。
トミヤス様のお父上がどれだけ強いとは言っても・・・尋常の立ち会いならばともかく、知らぬ間に村ごと吹き飛ばされては、為す術もございますまい。『これで反対する者はおりません』と笑うマツ様の顔が、目に浮かびます」
「私も反対します。トミヤス様のご家族に害が及ぶ危険性が大きいかと」
「そうですか・・・あ、そうだ! ならマツ様のご両親に相談されては? ここには通信機があるとお聞きしましたが」
「それでマツ様のご両親が是非とも、などと仰られたら、どうされます」
「反対してくれるかもしれません。五分五分ですけど、今のままではお断りは無理です。ならば、五分の賭けでもやってみては」
「確かに・・・いや、お返事は明日中でしたね・・・
まず魔の国のギルドへ連絡、書簡を用意、それから早馬を飛ばしてマツ様のご実家、お返事を頂いて・・・とても間に合いますまい。それに、マツ様のご実家は我々も知りません。マツ様にお聞きになるしかありません。勘の良いマツ様のこと。すぐに我々の考えなど看破されましょうな」
「・・・打つ手、なし・・・ですか・・・」
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