第10話 女魔術師の恐怖・2


「おっ」


 汁の椀のふたを取ると、中はなめこ汁であった。

 マサヒデの大好物だ。


「うわあ、なめこ汁! 大好物です!」


 思わず、笑顔でマツの顔を見た。

 これは演技ではなく本心だ。


「それは良かった。さあ、召し上がれ」


「はい!」


 ずずー、と汁をすする。

 味噌汁に、なめこのぬめりが少し混ざって、互いに味を引き立たせる。

 小さく切られた豆腐には、絶妙に味が染み込んでいる。

 ちょうどよい大きさに切られたネギの隙間に汁が入り込み、噛むほどに味が口の中に広がる。


「おお、これは・・・!」


 ただのなめこ汁。されどなめこ汁。

 それが、マサヒデを感動させる。


「お味はどうですか」


「うまい・・・なめこ汁が、こんなに美味しいなんて・・・」


「ふふ、お口に合って良かった」


 一気に半分ほど食べ、勢いで白米をかきこんだ。

 次は焼き魚だ。


「鮎! これも大好物です!」


 これも本音だ。


「ええ、今が旬ですから。自分でいうのも何ですが、とても美味しいですよ」


 がぶり、といった感じで、マサヒデは鮎の頭を口の中に入れた。

 マサヒデは鮎は頭から骨まで全部食べてしまう。

 頭の固い骨は、米を口の中に放り込んで、飲み込んでしまうのだ。


「あら・・・」


 これにはマツも驚いたようだ。

 箸を止め、目を開いて、鮎にかぶりつくマサヒデを見つめている。

 マツの視線を感じ、マサヒデは箸を止めた。

 ごくん、と飲み込んで、


「あ、これは・・・や、私、家では鮎は頭ごと食べてしまうのが癖で」


「うふふ。豪快ですこと」


「いや、お見苦しい所を・・・」


 と、頭をかいた。


「若い方はそれくらいの食べ方が、見てて気持ち良いですね。ふふふ」


 マツは口に手を当てて笑っている。


(上手く行ったか!)


 鮎が好物なのは本音。この鮎の食べ方の癖も本物。だが、食べ方はわざと見せた。

 そして、さりげなく『家では』という言葉を入れた。

 真贋を交えて見せたのだ。


 警戒心を決して見せない。マツはそれを敏感に感じ取る。

 『警戒していません、普段の姿なんです。実はこんな汚い食べ方してるんです』

 ・・・マサヒデはマツにわざとそう見せたのだ。


「それで、一体何があったんです?」


(来た!)


 ギルドでの話だ。

 マツはどうやら、マサヒデを気に入ってくれたようだが、もし話し方を間違えたら・・・


「いやあ、実は訓練場を借りたいと話を出した時、条件を出されまして」


「条件?」


「ええ。マツモトさんが、ギルドの3人と戦ってもらいたいと」


「マツモトさんが、トミヤス様の腕前を試したい、と・・・?」


(う!)


 穏やかな顔のまま、表情は変わらない。

 が、一瞬、空気に糸が張り詰める。


「いやあ、と言ってもそれは建前で、実はマツモトさんが私の腕に興味を示してくれまして。本当はどうしても私の立ち会いが見たい、というだけだったんですよ」


 嘘はついていない。


「あら。マツモトさんもわがままですのね。試合までお待ち下されば良かったのに」


(持ち直した!)


「はは、ああ言って頂けると、この未熟者も嬉しいものですよ」


「まあ、未熟者だなんて」


「マツ様まで、おやめください。照れてしまいますよ」


 照れたふりをして、下を向いて頭をかいた。


(上手く躱せたようだ・・・)


「うふふ。トミヤス様のことです。どうせ、3人とも叩きのめしちゃったんでしょ?」


「いやいや、叩きのめすようなことはしませんでしたが・・・まあ、少しやりすぎてしまったようで」


「あら、怪我人でも出てしまったんですか?」


「いや、怪我人は出なかったんですけど」


「では、何が?」


「気を使ったつもりだったんですが・・・今回はとにかく人を多く集めたかったので、本意ではなかったし、舐めてかかるつもりもなかったんですが・・・その、少しだけ、幇間稽古のように、と思ったんです」


「あらあら。トミヤス様も、お気遣い大変ですこと」


「それが上手く行かなったようでして。槍使いの魔術師の方がいたのですが、私、実は魔術師の相手はこの方が初めてで、驚かされてしまって。その、少し本気というか・・・」


「ま。それで皆が驚いてしまった、というわけですね」


「まあ、そんな感じです」


「うふふ。分かりましたよ。きっと、それでマツモト様が驚いて、これでは腕試しにもならない、ギルドの面目が、などとおっしゃったのでしょう」


「その通りです」


「マツモト様らしい。あの方も、ギルドのために精一杯ですもの・・・」


(来る!)


「と! 驚いたことに、そこにオオタ様がいらっしゃいまして!」


「オオタ様が?」


「ええ。驚いたことに、オオタ様は『今回の試合の様子が噂になって、ギルドの顔が潰れようと、それは当ギルドの弱さが原因。たとえギルドの顔が潰れようと試合を行い、積極的に実力者を集めるべきである』といったことを、おっしゃって下さいまして」


「さすがオオタ様ですね」


「まだあるんですよ。なんと、最後には、私とアルマダさんに頭を下げて、オオタ様の方から『私達からのこの依頼を請けてくれますか』とおっしゃってくれたんです。あの時は、部屋にいた人が、皆言葉を失いましたよ。私も驚いて、呆然自失しました」


「まあ!」


「オオタ様のあの姿勢、面目をかなぐり捨て、私達のような若造に頭を下げるなど、ましてギルドの長ともあろうものが・・・並の者には出来ることではありません」


 これは本音だ。

 マサヒデは、庭に目を向けて、遠い目をした。


「・・・素晴らしい話です・・・」


 マツは子供のように目をキラキラさせている。

 まるであの受付嬢のようだ。


「ええ、我々武術家でも、多少なりとも皆が面目を持っています。それをかなぐり捨て、相手に頭を下げるなど、中々出来るものではありません。私、オオタ様に尊敬の念を抱きました」


「やはり、トミヤス様は人の心を動かす何かをお持ちなんですね!」


(そこじゃないんです! オオタ様です!)


「い、いやいや。オオタ様だから出来たことですよ」


「あのオオタ様に頭を下げさせるなんて・・・!」


「あ、ははは・・・」


 どうも論点がずれてしまったようだが、上手く行っている。

 まだ目がきらきらしている。

 これは、好機かもしれない。

 

「そうだ、マツ様に一つお願いがあるんですが、聞いて頂けますか」


「なんでしょう」


「陳情とか、魔術師協会に対してはなく、マツ様個人へのお願いなのですが」


「あら嬉しい。仰ってみて下さい」


「今回、先程お話した立ち会いで、私、魔術師との立ち会いの経験不足をはっきりと感じました。アルマダも同じように、経験不足です。これからご用意で忙しいと思うのですが、もしマツ様がよろしければ、我々に稽古をつけてくれませんか?」


「あら、そんな事ですか? 構いませんよ。確かに試合まで忙しいので、あまりお相手する時間は取れないかと思いますが」


「え、良いんですか?」


「構いませんとも」


 だめで元々でお願いしてみたが、あっさりと了承をもらえてしまって、少し拍子抜けしてしまった。


「ほら、表に札が出ておりますでしょう? 『魔術教えます』って」


「あ、たしかにそうでした」


「ですが、トミヤス様にはお高いものを払って頂きますよ。なにせ、3日で実戦で魔術師と戦えるように鍛えるのですから・・・ふふふ・・・」


 しまった。これはまずかったか・・・

 口ぶりからして金ではないようだが、どんな要求が出されるか、分かったものではない・・・


「な、なんでしょう。私に払えますでしょうか」


 顔を近付けてきたマツから、耐えられずに目を逸してしまった。


「ではトミヤス様。あなたに私を娶って頂きますよ」


「・・・今、何と?」


「トミヤス様が、私を、娶る。これが条件です」

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