第15話 バッドエンドのその先

 冬美の体が強張る。あのとき振られた衝撃を思い出しているのだろう。俺も同じだ。振ったと同時に冬美への感情に気付いた衝撃を思い出している。


「……あのときは、ごめん」


「……どうして謝るの」


 冬美は顔をこちらに向けた。俺は正面を向いたまま言う。


「傷つけただろ」


「傷ついたよ。ものすごく傷ついた。死んでやろうかって思ったくらい。でも、そうだよねって思った。私から振っておいて、自分が振られないなんて甘い考えだって、そう思ったの。だから、あれは私への罰。気にしないで」


 冬美がそんなふうに考えていたなんて、知らなかった。たぶん学校で聞いても答えてくれなかっただろう。誰に聞かれるかわかったもんじゃないから。


「華絵は……」


「華絵ちゃん、私が泣きながら話すの聞いて怒ってた。復讐するとは聞いてたけど、そこまでひどくするとは思ってなかったって。ひどくされて当然なのにね、優しい子だよ」


 やっぱり話してたか。あれから連絡が取れなくなっておかしいと思ったんだよ。しかもちゃっかり復讐のこと話してるし。そうか、だから冬美は甘んじて復讐を受けるために笑顔でいたのか。


 実際に話を聞くとわかってくることがたくさんある。どうして話そうとしなかったんだろう。冬美の態度が俺のことを嫌っているようにしか見えなかったからというのもあるが、それ以前に俺が振ったからというのも大きい。


「華絵はお前の友達だもんな。お前を取るのは当然だ」


「ううん。自分が撒いた種だもの。自業自得よ。仲良くなれたって、嫌われてなかったんだって、そう勝手に思い込んだ私が悪いの。むしろ、よく話してくれる気になったわね。どうかしたの?」


 どきりとする。本当はお前が好きだったなんて、やっぱり言えない。都合がよすぎる。冬美はかなり反省している。そこにつけ入るような真似は、やっぱりしたくなかった。


 黙りこんでしまった俺をどう思ったのか、冬美は前を向いて一人ごちるように話し始める。


「私ね、太ってる人が好きなんだ。びっくりしたでしょ。昔太ってた孝之のこと、大好きで大好きでしかたなかったんだよ。それが、高校に入って美少女だなんだってもてはやされて、人に囲まれるようになって……。期待に応えなきゃってあなたを振った。後悔したよ。孝之は痩せちゃうし、イケメンになって他の女の子から告白されるようになっちゃうし。焦ったなあ。取られちゃったらどうしようって、思ったよ」


「……そうか」


「うん。でも、痩せてる孝之は前とちょっと変わったけど、根本が変わってなくて……。どんどん好きになって。私、孝之が初めてだよ。痩せてる人を好きになったの。あ、ごめん。迷惑だよね。好きでもない女の子に好きになったとか言われても」


「誰もそんなこと言ってないだろ」


 俺が絞り出すようにそう言うと、冬美は不思議そうにこっちを向いた。俺も顔を合わせて、話し出す。


「最初は復讐してやろうって、それだけだった。それだけの気持ちで、お前に近づいた。そして、復讐を果たしたんだ。でも、むなしかった。それで気付いたんだ、俺の気持ちに」


「孝之の、気持ち?」


「俺、お前が好きだ。振っておいてこんなこと言うなんて間違ってるってわかってる。だけど、あえて言わせてほしい。俺、お前がいつの間にか好きになってたみたいだ」


 冬美はびっくりした顔をする。そして、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。片手で口を覆って、もう片方の手でデニムのポケットからハンカチを取り出して涙を拭き始める。泣かせてしまった。どっちの意味かわからないので、俺は口を閉ざす。


「本当に?」


「本当に」


「嘘じゃない?」


「嘘じゃないよ」


 できる限り優しく言うと、冬美はわっと泣き始めた。大きな雫がハンカチを濡らしていく。


「バカ、バカぁ……! 不安だったんだから、怖かったんだから……! 孝之に嫌われたと思って、毎日悩んで、誰にも言えなくて……! 本当に、怖かったんだから……!」


「ごめん。でも泣いてくれてるってことは、嫌ではないってことでいいか?」


「ちょっと都合いいなって思うけど、ぐす。嬉しいよ。好きな人と両想いなんだもん。嬉しくないわけないじゃんか……!」


 そう言ってくっついてくる冬美の肩を抱く。そして頬にキスをすると、冬美が真っ赤になって顔を上げる。びっくりしてついでに涙もひっこんだみたいだ。


「この先、大事にする。だから、俺と付き合って」


「こんな私で、いいなら。でも本当にいいの? 一度は孝之を振ったひどい女だよ?」


「それを言ったら、一度は冬美を振ったひどい男だよ俺は」


 冬美はまた涙がこぼれてきたみたいで、もはやぐしゃぐしゃのハンカチの乾いたところを探すので手一杯みたいだ。だから、強く肩を抱き寄せる。冬美はなすがままで、俺の胸に頭を預けて泣きはらしていた。


 しばらくそうしていただろうか。ようやく泣き止んだ冬美の目元は真っ赤だった。今は俺の胸に頭を預けてとろんとしている。


「孝之と付き合えるなんて、夢みたい」


「俺もだよ」


「諦めてたもん。もう二度と孝之に笑顔を向けてもらえないって思ってた。それぐらいのことをしたって、後悔もあった。でもこうして今身を寄せ合えるのが、本当に幸せ」


 冬美の言葉に嘘がないことは、もうわかっている。だから嬉しいんだ。本当の意味でこうして恋人同士になれたことが。もうどっちが勝ってるとか負けてるとか関係なく、自然体でいられる。復讐がきっかけだったが、うまくいってよかった。


「そういえば、どうして孝之は私に復讐しようとしたの?」


「ひどく振られたからだよ。あのときの俺は鬼になってたな。冬美に復讐することしか考えてなかった。それが、今こうして抱き合ってるなんて、現実ってわからねえもんだな」


「念のために聞くけど、今は……」


「今はそういうのないよ。安心して」


 ほっ、と冬美が一つ息をつくのがわかった。よかった、安心してくれたみたいだ。季節柄夜は寒いが、二人でくっついていると少し暖かい。綾香さんに相談して、本当によかった。そうじゃなかったら、冬美を失うところだった。


「孝之は、私を振ったあと彼女作ろうとした?」


「お前のことでいっぱいいっぱいだったからな。そんなこと考えもしなかった。そういう冬美はどうなんだよ」


「私は……。ごめん、作ろうとした。でもだめだった。孝之以上の人が見つからないんだもん。学校では冷たくしてごめんね」


「いや、当然だからいいんだよ」


 そう言うと、冬美が「そういうところも好き」と言って抱き着いてきた。俺、こんな幸せでいいのか? 明日槍降ってくるんじゃないのか?


 ふとポケットの中からスマホを取り出すと、深夜の一時。そろそろ寝ないと学校に遅刻するし、お互い親に怒られるだろう。


「時間も時間だ。今日は帰ろう。……明日からよろしくな、冬美」


「ううん。私こそ。ありがとう」


 冬美は立ち上がると、お尻についた土埃をはらって公園の出口のほうに走っていった。そして、はたと振り返る。


「どうした?」


「大好き!」


「……不意打ちかよ、ちくしょう」


 そう言って走り去っていく背中に一人ごちる。こうして、俺の復讐劇は幕を閉じた。冬美を手に入れるという、最高の結果を残して。

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