第14話 話したいこと

 中間テストを終えて、俺はバイトをしていた。冬美がいなくなってからは、しゃきっとはしてるけどなんだか色あせて見えて、俺がいかに冬美に執着していたかわかって自嘲気味に笑う。


(復讐果たせてすっきりしたはずだろ。なに詩人みたいなこと考えてんだ)


 俺はテーブルを拭きながら考える。そうだ、すっきりしたはずだ。それなのに、今さら気持ちに気付くなんてどうかしている。それももうどうしようもないのに。一年ちょっと前から、なにも学んでないな、俺。


 片づけたおしぼりとゴミをお盆に乗せてゴミを厨房に捨てておしぼりを専用のスペースに置くと、俺はすぐに出ていこうとした。そこに綾香さんがやってきて、肩を叩かれる。


「綾香さん、どうしたんすか」


「やっほ。冬美ちゃんが辞めちゃってから元気がないなーと思ってさ、今日の夜あがった後なら話聞くよ?」


「あー……」


「先輩の言うことは黙って聞く! それじゃ、十一時ごろにね」


 綾香さんは十時半あがり。たまに閉店までいることもあるけど、基本的には十時半に帰るのだという。結婚しているから、あまり遅くに帰れないらしい。


 それなのに男子の俺とチャットでも話して大丈夫なのかと思ったが、切羽詰まっているのは確かなのでお言葉に甘えることにした。夜八時にあがって家の前につくと、冬美の部屋の電気がついているのが見えた。


 未練がましい。そう思う。復讐のために振ったのに、それがきっかけで冬美のことが好きになっていたと気付くなんて滑稽すぎる。俺は家に入って晩ご飯と風呂を済ませ、勉強をして時間を潰し、十一時になるのを待った。


 勉強も終わって、ちょっと疲れてスマホを持ったまま椅子の背もたれにもたれると、チャットアプリが鳴った。起動してみると、そこからは綾香さんからの新規メッセージ。開くと、「元気ないねー。大丈夫ー?」と軽い口調で書いてあった。


 今は、その軽さがありがたい。俺は返事を打つ。


『こんばんは。俺のことなのに時間割かせてすみません。旦那さん大丈夫ですか?』


『今ごろ高校生とチャットしたくらいで怒らないわよ。で、どうしたの』


『俺、冬美のこと憎かったんです。一年ちょっと前にデブで振られて……。それからダイエットして復讐するって息巻いてて。この前の文化祭でそれが叶ったんですけど、それと同時に冬美のことが好きだったんだってわかっちゃって。どうすればいいですかね』


『お子様か! って、お子様だったわね。復讐とかそういうのやめて、仲良くできないのかなー。振られたのはショックだろうけど』


 あの時の怒りと恨みは計り知れない。でも、冬美を好きだった俺は確かに存在していたみたいで、それは俺を現在苛ませている。


 今ならあのとき俺を振った冬美の気持ちがわかる気がする。好きだけど振らなければならない。それが、こんなに苦しいなんて。


『確かに憎んでたんですよ。でも、今は違ってて……。俺自身もわけがわかんないです』


『謝ったらいいんじゃない? 許してもらえるかはわからないけど、今こうしてうじうじしてるよしマシでしょ?』


『冬美のやつ、笑顔を貼り付けて人形みたいに俺に接してくるんですよ。望みなんてないっす。許す許さない以前の問題なんすよ』


 冬美は機械的に俺に接する。まるで感情が死んでしまったかのように。それがつらくて、俺は逃げ出したいんだ。


『うーん。それって、冬美ちゃんも考えあってのことだと思うよ?』


『というと?』


『振られたのは悲しい。でも、どこかで憎みきれない自分がいるんじゃないかな。わたしは冬美ちゃんじゃないから正解かどうかはわからないけど。じゃなかったら笑顔なんて向けないよ。私だったら徹底的に無視して存在を抹消するもん』


 確かに、綾香さんの言うことには一理ある。俺だって一年んとちょっと連絡をとらない口もきかないで通したんだ。本当に怒ってたらそれぐらい普通するだろう。


 それをしないのは、なにか思惑があるから……? いや、そんな簡単に都合のいいほうに考えてもいいものなんだろうか。冬美が完全に怒っているから線引きをされている可能性だってあるのだ。世の中、そんな都合のいいことばかりではない。


 でも。


 もし本当にそうなら、賭けてみたい気持ちがある。そう簡単に許されないし冬美が激怒する可能性が高いのはわかっている。でも、やり直したかった。ほんの数か月だが、冬美と過ごした時間は、楽しかったから。


『俺、やれますかね……』


『いつまでもうじうじしない! ここでがつんといいとこ見せて、振り返させるくらいのつもりじゃないと勝ち目ないよ! 頑張れ。応援してる』


『ありがとうございます。じゃあ、今日はもう遅いのでこれで。あとで、結果教えますね』


『うん。頑張れ。お姉さんは孝之くんの味方だよ』


 その返事を見て、俺はふんぎりがついた。時刻は十一時半。どうしよう。明日にするか?


 でも、明日にしたらこの気持ちは収まって、またおどおどする俺に逆戻りだ。遅くに悪いが、冬美に電話してみよう。着信拒否されてたら、それはそれだ。


 電話帳を開き、冬美、と登録されてる場所にカーソルを合わせて、深呼吸をする。怯えるな、自分。前までの強気な俺を思い出せ。仮にここで着信拒否されてたって、明日学校で会う。そのとき話をすればいい。


 何回深呼吸をしただろう。深夜になってしまう前には電話をかけないと。思い切って、俺は通話ボタンを押した。


 呼び出し音が聞こえる。着信拒否されていない。でもまだまだこれからだ。冬美が無視をする可能性だってあるんだから。


 何回目かのコーリングで、呼び出し音が消える。そして「もしもし?」と少し怪訝そうな冬美の声が聞こえてきた。


「遅くにごめん。今から話せるか」


「話ってなんの?」


 深夜手前に電話したからか、それとも俺に電話されたからか無感情な声が聞こえる。臆すな、奮い立て。綾香さんに相談した意味がなくなるだろ。俺だって強気に行かないと。


「話したいことがあ゙る。今から外出れるか?」


「こんな暗いのに、どこに連れていく気?」


「近くの公園。そこで話す」


「……わかった。支度してから行くから、先行ってて」


 そう言って電話が切られる。とりあえず、話す機会は与えられたようだ。


 今度こそ間違えない。叶わないとしても、謝って気持ちを伝える。学校で笑いものにされたっていい。俺は、二度間違えたんだから。


 俺は手早く着替えて珍しく夜遅くまで起きていたおふくろに向かって外に出ると伝える。俺の真剣な表情を見てか、おふくろはなにも言わなかった。俺は玄関でスニーカーを履いて近くの公園まで走っていく。


 街灯と月明かりだけが照らす公演は薄暗く、なにか出てきてもおかしくなさそうな雰囲気だった。俺は街灯に照らされているベンチに座り、冬美を待った。


 十数分後、外行きの服を着た冬美が現れる。俺は思わず立ち上がったが、冬美は俺の前を素通りして少し距離を置いて隣に座った。


「話って、なに?」


 俺は唾を飲んだ。口がからからになって、うまく言葉を発せられない。それでも振り絞って、元の位置に座り両肘を両膝について手を組みながら言った。


「文化祭の帰りのこと、話したくて」


 冬美が息を呑んだのが伝わってくる。そして、同時に続きを促す気配も。


 俺たちの復讐劇の結末が、始まろうとしていた。

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