第13話 復讐が終わってから

 担任の教師が、席替えをすると発表した。窓際の席が気に入っていた俺は寂しくははあるが、しかたない。教師はくじ箱を用意すると、前の席の生徒から呼んでくじを引かせた。


 俺はちょうど真ん中の席。席移動を完了させたとき、俺は表情を強張らせる。隣に、冬美がやってきたからだ。どんな確率を引いたらこんなことになるんだ。


「よろしく、孝之」


「あ、ああ」


 冬美は最低限の挨拶を済ませると、隣に座った。あっさりした態度に俺は若干顔をこわばらせながらも、平静を装って座る。こんな時に限って友樹は遠くの席だ。


「おー、新しい席になると見栄えが違うなあ。宮本と武内が隣同士になるとクラスがぱっと明るくなったようだなあ」


「そうですね」


「そうっすね……」


 冬美は担任に笑顔で答え、俺もかろうじて笑みを浮かべて答える。冬美は、もう完全に割り切っている感じだった。切り替えが早いというか、女の恋は上書きというが、もう新しく好きな人はできたんだろうか。俺には関係のないことなんだろうが。


 いつも通りにホームルームに突入し、終わってから次の授業になるまでの時間、俺の隣には人だかりができていた。俺は早々に退散して友樹のところに行く。


 俺より後ろの席になった友樹の机に寄りかかって、後ろから冬美を見る。朗らかな笑顔は、あの時見せた悲しそうな表情などみじんも感じさせない。


「冬美様々だな」


「本当にな。なあ、友樹。俺、間違ってたのかな」


「間違ってはいない。気付くのが遅すぎただけで」


 気付くのが遅すぎた、か。そうかもしれない。もうちょっと早く気付いていたら、俺たちは何か変わっていたのかもしれなかった。それでも俺の復讐したいという欲が先行して、なにも見えなくなっていただけ。


 華絵もいい笑顔してんな。まあ、復讐が終わったのだから華絵には俺たちは関係ないし、内容を考えたら縁切りするのも納得だけどな。これから卒業まで、この関係は変わらないのだろう。


 俺は考える。いつか八つ当たりで結婚式に呼ばれたりすんのかな、とか。飛躍しすぎているが、あれぐらいひどく振ったらそれはありえそうなことだからだ。


 ふいに、冬美が振り返る。俺はぎょっとして視線を逸らすが、みんなに向けていた笑顔を浮かべてこっちに向かってくる。


「隣の席にいないの?」


「いる必要ないだろ。友達わんさかきてんのに放っておくほうがどうかと思うぞ」


「私はいてほしいな。だって、友達とか紹介したいし」


 嫌味だ。わかっている。これに乗ってはいけない。冬美の友達にはもう俺が振ったことは周知されてるだろうし、わざわざ敵地に乗り込んで傷を負いにいくほどバカではない。


 冬美は意外そうな顔をしてから、にっこり微笑んだ。


「遠慮しなくていいのに」


「俺には友樹がいる。それで十分だ」


「付き合ってたの?」


「どうしてそうなる!? 普通に友達だっつの」


 すると、冬美はふふふ、と無機質な笑顔で笑った。どうしてだろう。俺が降ったあの日から、冬美の表情から色彩が消えた気がする。ただ笑うだけの機械。そう言ってもおかしくないくらいに。


「気が向いたら隣の席にいてよ。友達、紹介するから。気になる子もできるかもしれないよ?」


「……それはない」


「そう」


 冬美はそう笑って、席に戻っていった。そして友達たちと談笑を始める。


「……びっくりした。冬美のやつ、なんだったんだ?」


「……」


「友樹? おーい」


「あ、ああ。考え事してた。それより、そろそろ授業始まるぞ。友達も退散したみたいだし席に戻れよ」


 そう言われて時計を見ると、確かにそんな時間だった。席に戻って机の中から教科書とノートを取り出していると、何かが床に転がった。消しゴムだ。


「あ、孝之消しゴム取ってくれる?」


「わかった」


 転がった消しゴムを取って渡すと、冬美は残酷なまでに綺麗な笑みを浮かべて消しゴムを受け取る。


「ありがとう」


 俺は、胸の中で何かが切れたのを感じた。同じく笑顔を貼り付けて、言ってみる。


「その作り笑い、やめたらどうだ? 俺のこと、嫌いになったんだろ?」


「……。そんなこと、ないよ」


 やはり冬美は笑みを浮かべたまま、一瞬切なげな表情をした。俺がそれを指摘するよりも早く明るい笑顔に戻り、黒板に向かった。


 教師が入ってきたので、俺も黒板を向く。クラス委員の起立、礼、着席、というかけ声に合わせて動いて席に座る。


 さっきの表情はなんだったんだろう。俺に敵意を向けているにしては、頼りない表情。冬美はこんな表情をかつてしたことがあっただろうか。いや、ない。


 教師の言葉が右から左に流れていく。授業をうまく聞く気になれない。半分聞いていて、半分は思考にからめとられて聞こえていない状態だ。


 冬美の好意は、あのとき消えたはずだ。あれだけひどく振ったのだ、残っているほうがどうかしている。俺だって手ひどく振られて友達としての好意を持つのに時間がかかったのだから、その苦しみはわかるつもりだ。


 だが、どうして睨まないのだろう。俺がやったことを考えれば睨むのは至極当然で、嫌われていてもおかしくないのに、なぜ笑うんだ? あざ笑っていると言われればそうなのかもしれないが。


 でも、不思議と冬美の笑みからはそういうどす黒いものは感じない。演技が上手な可能性もあるが、冬美はわりと演技は下手なほうだ。作り笑いはできても、臨機応変にはいかない。


 俺のことを嫌いになったんだろう? じゃあなんで態度に出して俺をいじめるくらいのことをしないんだ。華絵は離れていったけど、それだけだし。攻撃してくる様子もない。あれだけひどく振られたんだから攻撃するのをよしとしそうなもんだけど。


 でもそれをしないのはどうしてなのか。考えてもわからない。わからないことは、考えてもしょうがない。どっちにしろ嫌われたんだ。縁が切れたと思って、割り切って接するのが一番なのかもしれない。


 そう結論付けて、授業に集中する。隣で横目に俺を見ている冬美の視線に気づかないまま。

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