第11話 メイド喫茶とお化け屋敷

 文化祭で俺のクラスがやるのは、冬美がいるのもあって圧倒的な男子票でメイド喫茶に決まった。みんな冬美のメイド服姿が目当てってわけだ。これには友樹も票を入れたらしく、曰く「目の保養って大事じゃん?」とわけのわからないことを言っていた。


 一週間前から放課後に諸々準備をして、当日。俺たちのクラスは冬美のメイド服を見るために男子が溢れかえる事態になった。冬美はバイトのおかげかてきぱきと男子生徒たちの視線を浴びながらもコーヒーを出し、愛想よく接していた。


 裏方の俺は、どこか面白くなくそれを見ていた。こんなに人気なのに、誰一人として反応しない冬美の態度が気になった。気になりかけている人。それがわかれば対処のしようもあるのに、いまだにそれがわからないでいた。


 接客態度から見て、外行きの笑顔を浮かべる冬美の本命はいないと見える。すると友樹が近寄ってきて、ぼそぼそと声をかけてくる。


「どうだ、なんかわかったか?」


「いーや、なんにも。友樹から見てなんかわかるか?」


「冬美ちゃんが誰にも興味なさそうってくらいしかわかんねえな。男たちは本命らしいけど」


 悔しいが、冬美のメイド服はよく似合う。男子たちがメロメロになってしまうのも納得だ。俺には効かないが。そろそろ冬美と関係を持つようになって四か月が経つ。そろそろ俺に惚れさせないと。復讐を完遂しないと。


 ちくり、と心が痛む。昔のように仲良くしている時間は、悪くないからだ。昔の好意が足を引っ張って、冷徹になりきれない俺がいるのも確か。そんなだから、いまだに冬美に惚れられないんじゃないのか。


 休憩の時間になり、他の女子と入れ替えで冬美が戻ってくる。そして俺を見つけるとぱたぱたと駆けてきて、腰に手を置いてポーズを取った。


「なんの真似だよ」


「メイド服、似合わない?」


「いや、似合ってるけど……。裏方の俺たちにわざわざ店に来なくても見えてるぞ」


「ほんと? じゃあ、感想聞かせてほしいな」


 感想は……。美しい以外の何物でもない。別にいいかこれくらい。


「綺麗だよ」


「ほ、ほんとっ!?」


「そんなに喜ぶようなことか?」


「ううん、嬉しい。ありがとう孝之! 自信出た!」


 いい雰囲気になったのを察してか、友樹が俺たちの横に立つ。


「冬美ちゃん休憩だろ? 他のクラスの出し物孝之と見てきたら?」


「え、いいの?」


「おい、友樹!」


「いいのいいの。どうせ一時間くらいだし、そこまで遠くに行かなければ戻ってこれるしさ。夕方になると体育館の軽音部とかの出し物にみんな行っちゃうから、遠慮すんなって」


 ナイスアシストだけど、他の裏方男子たちの視線が痛い。早いうちに出たほうがいいだろう。


「冬美、行くぞ」


「えっ……。きゃっ」


 思い切って冬美の手を握って裏方側のドアから教室を出る。振り返ると冬美は真っ赤になっていて、そんなに意識されるとこっちまでちょっと赤くなってしまう。


「ごめん、手、握っちゃって」


「う、ううん。いいの。孝之なら、いいの」


 そんな可愛いこと言って惑わそうったって、そうはいかないぞ。ちょっとどきっとしたのは内緒だ。


 俺はそのまま手を繋いで冬美をこけない程度に引っ張って歩く。冬美がどんな表情をしているかわからないが、黙ってついてきているのだから文句はないのだろう。


 そんなとき、とあるクラスでお化け屋敷をしているのを発見した。俺たちのクラスからそう遠くないし、一周くらいなら余裕でできるだろう。


「お化け屋敷、入るか?」


 振り返ると、顔を真っ青にした冬美がお化け屋敷の看板を見ている。ホラー、苦手だったっけか。中学生の時の記憶だからちょっと曖昧だ。


「孝之、守ってくれる?」


 俺に何を期待しているんだ。別にお化け屋敷のお化け役の人だって取って食うわけじゃあるまいし、怖がらせるために多少のボディタッチはあるかもしれないが、それ以上はしてこないだろう。


「守ってやるっていっても、ボディタッチからくらいだけど」


「お願い! 怖いの苦手なの!」


 顔の前で両手を合わせられて、俺は仕方ないな、と手を握りなおす。そしてお化け屋敷の入り口に入った。その瞬間死角から化粧をした男子生徒のお化けが出てきて、冬美が悲鳴をあげる。しょっぱなから驚かすスタイルか。


「お化け役の人もこれくらい驚いてくれるとやりがいあるな。さ、行くぞ」


「ううう……」


 まっすぐ進んでいくと人体模型があり、それががたがた震えて追ってきたり、目玉が飛び出たようなメイクをした生徒がいたりした。冬美はそのどれもに驚き、悲鳴をあげ、心ゆくまで俺を楽しませてくれた。怖がる冬美、面白いな。


 短いコースを出るころには冬美は疲労困憊といった様子で、へなへなと座りこんでしまった。裏方の生徒が慌てて表に出てきたのを止めて帰して、冬美の前にかがむ。


「楽しかったか?」


「こ、怖かった……。た、立てないかも」


「しょうがないな。ほら」


 手を差し伸べると、冬美は一瞬きょとんとした。それから嬉しそうな顔をしてその手を取って立ち上がる。そしてスカートについた埃を払うと、笑顔になった。


「でも、孝之がいてくれてよかった」


「ん?」


「怖かったけど……楽しかった。ありがと」


 そう言って俺の手を両手でぎゅっと握りしめる。その手は恐怖で冷たくなっていたけど、俺のぬくもりが伝わって少し暖かくなった。この感覚、覚えてる。小学生のとき女子たちにいじめられていたのを助けたときと一緒だ。


 俺よりもはるかに小さくて柔らかい手。その手を守ろうと誓ったのに、今では復讐をしようと考えている。どうしてこうなってしまったんだろう。元は冬美が悪いのだけど、俺はどこで間違えた?


 冬美のことは許せない。でも、許してやってもいいんじゃないかなんて囁く悪魔が俺の中にいる。そんなことはできない。調子に乗るだろうし、冬美による被害者をこれ以上増やすなんてできないからだ。


 ならば。やはり冬美を俺に惚れさせるしかない。最近様子が変な冬美の原因を探って、解明してから告らせる。それしか道はない。


「……孝之?」


「……っ、ごめん、考え事してた」


「ふーん、変なの。そろそろクラスに戻らないと。交代の時間だよ」


「あ、ああ」


 先導する冬美についていきながら、俺は考える。この前の昼休みのときといい、夏休みのバイトのときといい、様子がおかしい。まるで、俺に好意があるような、そんな態度だ。


 今までの昼休みもバイトも積極的に話しかけてくるし、答えると嬉しそうにする。寝る前の通話はもはや毎日になっていて、俺が寝ると言うと惜しがる。俺が華絵を褒めると羨ましそうにするし、日々冬美の態度は変わっていっている。


 聞くしか、ないか。今日の片づけが終わったら一緒に帰ろうと誘おう。今の冬美なら断らないはず。そこで真実がわかるんだ。


 そんな俺の考えを知らないまま、冬美は俺たちの教室に入っていった。

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