第9話 こいつまた惚れさせてる…

 相談結果は、好きにさせるなら相手のことも多少好きになれないといけないから深く考える必要はないのでは? だった。華絵としては復讐もいいけどそのまま好きになっちゃえばと明後日の方向からのパンチを食らったが、友樹がたしなめた。


 翌日のバイトの日。今日は土曜日とあってかなり混んでいた。冬美も一か月バイトにいそしんだからかだいぶ慣れて、酔っ払いの対応も慣れてきたものだ。その間に何回も俺がフォローしたんだけどな。


 だが、最近このバイト先にも変化が訪れていた。とある別の高校の男子が冬美のことが好きなんだと噂になっている。本人は否定しているが、隙あらば会話しようとするあたりかなり好きな模様。これは見過ごしてはいられない。


 対する俺も負けてはいられなかった。積極的に冬美のフォローに回ってポイントを稼ぐ。バイトの後輩にみすみす冬美を譲れるか。冬美は、俺の復讐相手だ。


 そんなこんなで冬美のフォローをして、ちょっと疲れて厨房の影に隠れてサボっていると、くだんの男子が真剣な表情をしてやってきた。俺は一瞬どうしたんだろうと思って、その男子の目を見て冬美のことだな、とすぐに合点がいった。


「先輩、お疲れ様です」


「おう、お疲れ。どうした?」


「冬美ちゃんのことなんですけど……」


 ビンゴ。冬美のことをあからさまに視線で追ってれば噂になるってもんだ。小声で言ってるから厨房のほうにもホールのほうにも聞こえてはいないだろう。


「先輩って、冬美ちゃんのなんなんですか」


「なにって……友達……かな」


 今さらここまできて友達じゃないと言うほうがどうかしている。冬美にもそれは伝えてあるし、冬美も今は友達だと思ってる、と返事をもらっているから問題ない。男子は悔しそうな顔をして俺を見る。


「先輩って、イケメンじゃないですか」


「そういうお前もよっぽどイケメンだと思うけどな」


「いや、そういうことじゃなくて。気配りができて、冬美ちゃんのフォローに回って……好きが漏れ出てるっていうか。冬美ちゃんのこと、好きなんですか」


 その質問に俺は度肝を抜かれる。好きが、漏れ出てる? 俺が? ああ、義理で助けてやってるのがそう見えるわけか。冬美に好かれようとしてるからあながち間違いではない。


「好きって……。友達だよ。それ以上でも以下でもない」


「そうですか。それじゃあ俺、今日の帰りに冬美ちゃんに告白します。先輩と一緒に帰ってるって知ってて、すっげー嫉妬してたんで」


 なんだって? 告白? この男子の思いはそこまでいっていたのか。そこに俺が冬美の周りをちょこまかするもんだから堪忍袋の緒が切れたと。


 俺は、思ったより動揺している自分を感じ取っていた。この男子が告白したら、冬美はどう反応するんだろう。仲良く話してたりするから、受けるんだろうか。いや、それはありえない。極度のデブ専なんだというから、断るだろう。


 でも、最近そのデブ専の壁を越えそうになるくらい近いときが冬美はある。それが俺に対してのみなのか、それともデブ専を克服したのかわからないから困ったものだ。どっちにしろ、告白されたら困る。ここで足止めをしておかないと。


「やめとけ。うちの学校でもよく告られてるけど、成功したやつ一人もいないよ。それもイケメン揃いがさ。だから……」


「先輩も告白したんですか」


「俺? 俺はー……ほら、前話したけど幼馴染だからさ。告白とかそういうのは……」


「じゃあ、俺にもチャンスありますよね。幼馴染の先輩が告ってないんだから、わからないわけじゃないですか」


 毅然とした態度の男子に俺は言葉を失う。言えない。告白して振られて、復讐かまそうとして振り向かせようとしてるなんて。赤っ恥というより惨めだ。それに、痩せてイケメンになったのに振られたのかと思われるのもなんだか癪だ。


 そうこうしているうちに、ホールの作業を終えてお盆に使ったおしぼりやゴミを乗せてやってきた冬美がこっちにやってくる。男子は耳まで赤くなり、俺はげんなりとして冬美を見た。


「どうしたんですか? 二人とも」


「ふ、冬美ちゃんには言えないこと」


「……? とりあえず厨房入るので、よけてもらえますか?」


「あ、うん」


 男子がよけると、冬美は何事もなかったかのように厨房に入っていった。それを憧れの表情で見送る後輩男子。俺にも、こんな時代あったな。だからって渡さないけど。


「と、とにかく。今日の帰り告白します。先輩には、見届け人になってほしいんです」


「どうして俺が」


「だって、冬美ちゃんに興味ないんでしょ? ね、いいじゃないですか」


 俺だって人並みには冬美に興味あるっつの。でも、言えない。噂になったら復讐が台無しになる。ここは素直に乗るしかないか。


「……わかったよ。今回だけだからな」


「さっすが先輩! じゃあ、午後八時、裏口で待ってる冬美ちゃんのところに一緒に行きましょう! それじゃ俺、仕事あるんで」


 後輩男子は一人だけすっきりしてホールに向かった。なにしてるんだろ、俺。デブ専だから振られるのは確定しているけど、みすみすチャンスを後輩にくれてやるなんて。


 後輩は人懐っこいし、性格もいい。性格を見て判断して冬美がOKを出す可能性だって十分ある。かといって一度約束したものを断れないし、俺はみすみす冬美が告白されるところを見なければならない。そしてその結果も。


(後ろ向きに考えてたらだめだ。今は仕事しないと)


 俺も台に出された料理をお盆に持ってお客さんのところに運んでいく。そうして働いているうちにあっという間に八時になり、後輩と一緒に更衣室に入った。


 そしてお互い無言のまま着替えて、裏口で待っていた冬美の元に向かう。冬美はスマホをいじっていてぱあっと顔を上げて、後輩男子がいるのを不思議そうに見た。


「どうしたんですか? 先輩」


「あ、えっと……」


「男見せろよ。俺にだけ強気だったら赤っ恥だぞ」


 背中を押してやる。後輩男子は押し出されて一歩前に出て、正面の冬美を見て固まった。冬美はようやく空気がおかしいことに気付いて、怪訝そうに眉を寄せる。


「あの……なにか?」


「そっ、その! 今日は夜空が綺麗だね!」


「はい……。なにかお話があるんじゃないですか? 先輩、いっつも私とすれ違うとそそくさと帰っちゃうのに」


 ざくりと冬美が後輩男子の心を刺した。帰りたいのはわかるけど、もうちょっと容赦ってものがあるだろうに。本当に、美しいって罪だ。男の気持ちを無意識に弄ぶ。


「あの……。冬美ちゃん!」


「は、はい」


「俺と付き合ってください! 大事にします!」


 右手を差し出して直角に礼をする後輩男子に、冬美は一瞬動揺をあらわにした。まあ、デブ専だもんな。痩せてガリガリの男なんて興味ないか。杞憂だった。


「あの、頭上げてください」


「じゃあ……!」


「ごめんなさい。今、気になりかけてる人がいるから……」


「!?」


 おい、それは初耳だぞ。お前、バイトでも学校でもチャットでも電話でもこれっぽっちもそういうの出さなかっただろ。うちの学校にも当然デブはいる。そいつらか、そいつらが好きなのか!


 俺が狼狽している間にも、後輩男子は顔を上げて震えていた。振られたんだ、ショックはでかいだろう。


「ありがとう。君と働いた一か月、すっごく楽しかった。それじゃ!」


「あっ、先輩!」


 涙声だった後輩男子は走っていってしまった。気になりかけてる人がいると言われたらなにも言えないわな……。


 待て、それって俺にも関係あるんじゃないか? 学校中のデブというデブを思い浮かべたけど、冬美がそいつらと話したという情報は入ってきてない。というかそうなってたら噂になっているだろう。


 じゃあ、いったい誰なんだ? 冬美の気になりかけてる人がどんな人物かわからないから対策の立てようがない。かといって聞いたら俺が気があるみたいだし、どうすればいいんだ。


 冬美は走っていく後輩男子の背中を見つめていたと思うと、気まずそうに俺を見上げた。


「……辞めちゃうかな、先輩」


「告って振られていられるほど強靭な精神を持ってればいるんじゃねえか?」


「そっか。そうだよね……」


 しょんぼりとしてしまった冬美に、俺は内心なんと声をかければいいのかわからなかった。かわいそうだからじゃない。また罪のない犠牲者が増えたことに辟易しているのだ。この美しい容姿で何人の男を振ってきたと思ってるのだろう。


 俺は少し頭にきていたが、ここで怒って嫌われるのはまずい。それに、気になりかけてる人のことも気になる。帰り道で、それとなく話してくれないだろうか。


「……ここで突っ立ってるわけにもいかないし、帰るぞ」


「あ、うん」


 俺が一歩先に家の方向に向かって歩き出すと、冬美もぱたぱたと走って隣に並ぶ。もう隣に並ぶのは抵抗がないようだ。まあ、痩せてる俺になんか興味ないだろうしな。


「最近ね。気になりかけてる人がいるんだ」


 いきなり核心をついてきた冬美に俺は内心身構える。どこのどいつか知らないが、冬美は渡さない。復讐を果たすまではだが。


「最近その人といると楽しくて、心がふわふわするんだ。……誰かは言えないけどね」


「いいのか? そんな言えないことを俺に話して」


「孝之に聞いてほしかったんだもん」


 最近……ということは友樹か? あいつは中肉中背だが間違ってもデブではない。じゃあ、本当に誰なんだ。


「まあ、当の本人はまったく気付いてないみたいだから、ちょっとがっかりなんだけどね」


「そいつに言わないと伝わらないと思うぞ? 本当に好きなんならな」


「……言う資格ないよ。私、ひどいやつだもん」


 驚いた。自覚があるだなんて。自覚無しで今まで生きていたとばっかり思っていた。


「その人は私の……ううん。なんでもない。忘れて」


「途中まで言ってそれはないだろ」


「ごめん。本当、気の迷いだから」


 そう言われてしまうとこれ以上は聞けない。誰にだって立ち入られたくない領域がある。俺にだってあるからな。


 その後他愛ない会話をしてお互い家に帰った俺たちは、その日は珍しく寝る前の通話はしなかった。

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