第5話 クレーンゲーム
翌週。あれから大して変わらず、俺と友樹と華絵は冬美の監視を続けていた。前と違うのは、冬美が俺を完全無視するのではなく、気が向いたときにこちらを見て手を振ることだった。
そのたびにどよめきが起き、周囲の男女が疑心暗鬼になる中、冬美は一回だけ夜にチャットをよこした。他愛もない内容で、一年前を思い出してしんみりした気持ちになったが、邪険にすることはできないので普通に返した。
それからというものこれだ。放課後に告白される女子からは「宮本さんが好きなの?」とあらぬ疑いをかけられ、男子からは宮本を狙っているらしいと本当のことが噂になるという究極状態に陥っていた。
それでも冬美は態度を一切変えずに、つかず離れずの距離を保っている。俺に多少心を許したからか放課後友樹にも声をかけるようになり、ますますどよめきが大きくなるのを気にしないのは天然か否か。
放課後友樹と一緒に帰りながら、冬美の話になる。
「友樹さあ、最近の冬美のことどう思う?」
「なんか明るくなったよな。愛しの王子様が痩せても王子様は王子様って感じ?」
「バカ、あいつとはそんなんじゃねえよ。連絡も一回しかとってない」
「連絡とってたらさあ、そういうことなんじゃねえの?」
ぶっ、と吹きだす。うわきたね、と友樹の容赦ない声。お前が変なこと言うからだろうが。
「そういうことなんじゃねえの? じゃねえよ。普通だろうが」
「でも、太ってたころは好きだったわけだろつまりは。これは惚れかけですな」
「お前大丈夫? 頭打った?」
「俺はいたって真面目だぜ」
友樹はにひひ、と笑いながら俺の顔を見る。こいつも何気に高身長なんだよな。百八十三センチは卑怯だろ。ちょっとよこせ。
「さて、今日もゲーセン行って遊びますか!」
「人の話聞いてた?」
「お互いバイトのない日なんだし、ぱーっと遊ぶのもいいと思ってさ。最近のお前、思いつめてただろ? 友達なりの心配りだと思ってくれよな」
「お前はそういうやつだったよ。まったく」
悪い気はしない。むしろいい気分だ。一年間を共にしたのは伊達ではない。繁華街に向かいゲーセンに入る。大音量のゲーセンの奥から、怒鳴り声が聞こえた。人ごみもできている。
俺たちは不思議に思ってそちらに近づいて背伸びをして人々の間から顔を覗かせて、びっくりする。
ナンパ男っぽい数人の男と怯える冬美とそれを身をていして守る華絵の姿があった。どうやら、ナンパに引っかかったらしい。冬美の容姿を考えればおかしいことじゃないが。
「なんだよお前。いっちょ前に俺たち男と勝負しようってか!? ブスは引っこんでろ!」
「ううん、引っこまない! 冬美ちゃんにひどいことする気でしょ!? なら、あたしは引けない。ううん、引くわけにはいかない!」
どうやら男たちと華絵が口論になっているようだ。声がかかったのは冬美だけ、と。にしても華絵も強いよな。普通なら怯えるところなのに真っ向から向き合って……。勇気と蛮勇は違うけど、見直した。
俺はそれを見てとっさに人ごみをかきわけて男たちの前に出る。そして信じられないといった顔の冬美の肩に手を置いてウィンクすた。
「ごめん、待った?」
「ああ? 誰だお前」
「一応彼氏ってやつかな。そこの子とも仲いいよ。店の中でナンパするのはいいけど、怒鳴るのはいただけないな。店員さん、こっち見てるよ。出禁になったら困るんじゃないのか?」
人ごみの向こうでガタイのいいお兄さんがこっちを見ている。ひょろひょろの男たちはひっと小さい悲鳴をあげて、すごすごと店から出ていった。
もめ事が解決したと見るや否やギャラリーは散り散りになっていき、そこには俺と友樹、冬美と華絵が残される。冬美の顔は彼氏と言ったからか赤くなったり青くなったりしていて、華絵がふう、と冷や汗を拭う。
「二人とも、助かったよ。いざ喧嘩になったらあたし一人じゃ勝ち目なかったから」
「立派に
「あ、あの……彼氏、って……」
いけない、冬美のことをナチュラルに忘れていた。それは当然嘘で、あの男たちを威嚇する言葉だったんだけど。なぜ冬美に効いているのかわからない。
「ああ、あれは嘘。っていうか、嘘だってわかるだろ。俺たち、まだ友達にもなってないのに」
「え……。あ、そ、そうだったわね」
「冬美ちゃんの顔見てると面白いなー。こんな面白い子だったっけ?」
友樹、それは余計だ。冬美がぼんっと音が立つくらいに真っ赤になって、顔を覆う。こんな初心な反応見せるやつだったっけ。俺が痩せてから冬美はおかしくなってる。こういった反応はレアだ。小中ともに見たことがない。
冬美は赤くなったり青くなったりしながら、やんわりと俺の手をどける。あ、拒否るのは忘れてないのか。
「なんていうか……助けてくれたのはありがとう。でも彼氏面は心臓に悪いから今後やめてちょうだい。今回は仕方なかったとしても」
「俺だって彼氏面なんかしたくないさ。でもああでもしないとあの男たち引き下がらなかっただろ? 店員のお兄さんのおかげでもあるけど」
「それは、そうだけど……。これからは友達ってことにして。あなたのこと、好きでもなんでもないんだから」
「はいはい、わかってますよ。それで、二人はここで遊んでたわけ?」
「そうそう。クレーンゲームの景品に冬美ちゃんが好きなマスコットのキーホルダーが入ってさー。それで取りに来たってわけ」
冬美があわあわして言っちゃだめと言わんばかりにそわそわするが、残念ながら華絵は冬美の味方でもあるしそうではない。俺の仲間だからな。復讐のことも知ってるし、それは友樹にも教えてある。
しかしキーホルダーなんて。見た目通り可愛い趣味してんな。場所がクレーンゲーム群の入口なのもなんとなく把握できた。
「取ってやろうか? そのキーホルダー」
「ほ、本当……?」
この疑心暗鬼っぷり。たまらないな。わざと落としてやって落胆させるのもいいけど、振り返させるのが復讐だ。何回かの挑戦でいいとこ見せないとな。
「で、どれなの?」
「あのクレーンゲームだよ」
華絵が指差した方向に、確かにキーホルダーがわんさかあるクレーンゲームがある。確かに最近発売された青色のマスコットのキーホルダーが見えた。
「友樹、今日は予定変更だ。クレーンゲームで遊ぼう」
「はいよーっと」
友樹は本当にいいやつだ。本当なら格ゲーで遊びたいところだろうが俺のわがままを聞いてくれる。親友って言っても過言ではない。今度何かで詫びをしないとな。
四人で連れ立ってクレーンゲームの
機械音とともにアームが横にずれていく。そして目的のキーホルダーの真上に動かす。そして下に下げてアームの先にキーホルダーの金属の円状の輪っかにひっかけた。するりとキーホルダーが取れて、穴にキーホルダーが落ちる音がする。
「孝之すごいじゃん! 一発で取れるなんて!」
「へへ。たまたまだよ。ほら、冬美。取れたぞ」
「あ、ありがとう。クレーンゲーム、上手なんだね」
キーホルダーを渡すと、冬美は宝物を見るようなきらきらした目でそれを見つめ、きゅ、と優しく握った。鞄のジッパーにあるスライダーにキーホルダーをつける。味気なかった鞄が一気におしゃれになって、冬美もどことなく嬉しそうだ。
俺たちはそれからクレーンゲームを中心に遊び倒し、夕方になってバイトを探しているという冬美と別れてそれぞれ帰路についた。
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