第4話 ようやく話せた

 家に帰って華絵と軽く打ち合わせをして、翌日。まずは挨拶から初めてみようと言われたので、朝早くに行って冬美が一人のときを狙って声をかける。


「おはよう」


「……」


 あれ?


 冬美は不機嫌そうな顔をしてぷい、とそっぽを向いてしまった。ざわざわとクラスが騒ぎ出すのも無視して冬美はつーんとしている。怯えている様子はない。


「おい、冬美……」


「デート、楽しかった?」


「は?」


 なにを言っているんだこいつは。……あ、もしかして。昨日の華絵と一緒に帰るのを見られたからこういう反応になっているのか? 冬美が彼女なんだったらその反応は当然だが、今は友達ですらない。嫉妬……してるのか?


 華絵は当然ながらただの仲間だ。まだ友達と言うには関係が深くない。というか彼女でもないのに嫉妬するのか。ならなんで俺を振ったんだと小一時間話したいが、ここじゃ面倒だ。


「……ついてこい」


「……望むところよ」


 なんだ、今日はやけに好戦的だな。昨日の怯えっぷりが嘘のようだ。またも人気のない廊下にやってきて、俺たちは向き合う。冬美は百六十五センチ。女子にしては身長が高いほうだが、俺も高身長なので自然と下を向く構図になる。


 そこではっとしたのか、冬美が気まずそうに手を後ろに組んで俺を見上げてくる。これが昔の俺だったら鼻血ものだな。


「華絵ちゃんとデートしてきたんでしょ? 感想聞くよ」


「だからどうしてそうなる……。お前の友達じゃないのか?」


「そうだけど、裏切られた気分。だって……」


 そこまで言って冬美ははっとした様子で俺を睨む。そんな可愛い顔で凄まれてもまったく怖くない。


「あのなあ……。お前が男子と帰ったりすることがあるように、俺だって用事ってもんがあるんだよ。華絵はお前のこと心配してたぞ」


「心配? どうして?」


 今度はきょとんとする冬美に、鈍い、という言葉がよく当てはまる。他人のことには敏感なのに、自分のことは無頓着。これが学年中から人気が出る秘訣なんだろうが。今はそれが癪に障る。華絵は冬美のこと、本当に心配してたのに。


「お前がそんなんだからだよ。いいか? デートっていうのは仲がいい男女がするもんだ。華絵と俺が初めて接触したのは昨日だ。お前に隠して付き合ってたならとっくの昔に噂になってるだろ。悪い意味で」


 元々はデブだった俺だ。そんな俺が彼女を作れば噂になっていてもおかしくないだろう。華絵は別クラスだから余計に。


 それにしても。ようやくまともに冬美と話した気がする。丸々一年、あれから口もきかなかったもんな。連絡先も削除して後悔しないようにしてたし。冬美はどうかわからないけれど、連絡をよこさないということはそういうことだろう。


「で、でも、連絡先くらいは交換したんでしょう?」


「今時連絡先交換したくらいで付き合ってるんだったら学校中カップルだらけだろ」


「そ、そうね……。華絵ちゃんに手を出したわけじゃ、ないのね?」


「手を出してどうする。俺は初対面の女子に手を出すほど汚れちゃいない」


 見た目が変わったから言うんだろうが、俺の根本はほとんど変わってない。女子と話せばまだ多少緊張するし、華絵のことも警戒心マックスだった。そんな俺が一晩で華絵と付き合えたら、冬美に復讐しようなんて思わないだろう。


 冬美はどこかほっとした表情をしてから、再び顔を引き締めた。俺に一歩近づき、スカートのポケットからスマホを取り出す。画面には、懐かしい電話番号が映っていた。


「……どういうつもりだ?」


「華絵ちゃんを守るためよ。今のあなたの容姿じゃ、いつ華絵ちゃんが陥落するかわかったものじゃないもの。その監視のためよ」


「そっちのほうがなんか裏がありそうで怖いな」


「なっ……! う、裏なんかない! ないったら!」


 冬美が妙に顔を真っ赤にして言うものだから、俺は思わず笑ってしまう。冬美は呆けた顔をしてから、耳まで真っ赤にして怒る。この一年で他の誰のものにもなっていなさそうな初心な反応で、俺はほっとする。……ほっとする?


 冬美がかつて彼氏がいたら困ることでもあるのか? 俺はこの一年間冬美は自由にしていて彼氏だってできていると思ってきた。それがここにきて、独占欲じみた感情が出てきて困ってしまう。どうでもいいことだ。忘れよう。


 いまだにキャンキャン喚く冬美の頭を押さえる。じゃないと今にも突進してきそうだったからだ。


「わかったからキャンキャン犬みたいに喚くな。人がきたらどうする」


「い、犬って……!」


「今そっちに空電するから待ってろ」


 俺はそう言って電話アプリを起動して一年ぶりに電話帳に登録してから空電をする。冬美は素早く着信を着ると、俺の番号を電話帳に登録したようだった。俺はふと気になって、電話帳を覗きこむと悪魔、と俺の電話番号が登録してあった。


「悪魔って、お前なあ」


「実際そうでしょ。華絵ちゃんを狙ってるんだから、悪魔よ」


「だからそれは誤解だって」


「この際だからチャットアプリも登録しましょ。QRコード出して」


 この女は、人の話を聞いているのかいないのか。まあ電話じゃ話しづらいこともあるだろうから、とチャットアプリも交換した。昨晩華絵と打ち合わせていた内容を軽々とクリアできて、俺自身ちょっと驚いている。無視にはげんなりしたが。


 すると、冬美がくすくすと笑う。怒ったり笑ったり忙しい女だ。


「どうしたんだよ」


「こうすると私が孝之を振った前の日に戻ったみたいで、ちょっとね」


「滑稽か?」


「ひみつ」


 本当に、こうしていると振られる前に戻ったみたいだ。他愛ない話をして、一緒に帰っていた。一年前までは。俺が痩せて、冬美がデブ専だと知って、関係性は元には戻らないんじゃないかと思ったこともあったが、ここまではセーフのようだ。


「あっ、友樹くんの連絡先も教えて。華絵ちゃんが襲われないように」


「お前は俺をなんだと想ってるんだ」


「告白されては振ってる女の敵?」


「……間違いじゃないから否定ができないのがつらい」


 ちょっと前までの俺は完璧にそうだったから否定ができない。自分でも痩せたときは思った以上のイケメンになってしまって困惑したものだ。幼稚園のときからデブだったから、痩せた自分を見たことがなかったから。


「ほら、やっぱり華絵ちゃんを守らなきゃ」


「責任をもって友情に徹するから心配するな。……で、機嫌は直ったのか?」


「あ……。直った、かも?」


「なぜ疑問形?」


 つっこんで見ると、完全に機嫌が直った様子で冬美は笑った。その美しさに眩しくなるが、俺は落とされるのではなく落とす側だ。そこのところ間違っちゃいけない。


「なら戻ろっか。……先に戻ってて。噂になるのは嫌だから」


「あれだけ盛大にやれば噂になるのもしかたないと思うけどな?」


「うっ……。とにかく戻ってて!」


 盛大にやった自覚はあるらしい。俺ははいはいと言いながら教室に戻っていった。


「もう……。バカ」


 冬美が呟いた言葉がよく聞こえないまま。

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