第3話 冬美の秘密

 その日の昼休みに友樹と改めて話をしたが、女の心はわからんでまとまってしまった。冬美の発言が全然的を得ない発言なせいでなにを考えているのか全然だったのだ。


 そんなこんなで放課後、友樹と一緒に帰ろうとしたときのこと。教室のスライドするドアに向かうところを一人の女子が遮る。この女、冬美とよく話してる女子だ。冬美が仕返しに差し向けたのか? 俺と友樹は身構える。


「あはは、身構えないで。あたし、高橋華絵はなえ。孝之くんに用事があってやってきたわけ。冬美ちゃん関係って言ったらそうだけど、あたしは特に冬美ちゃんの味方ってわけじゃないから」


「……友樹、どう思う?」


「嘘は……ついてるように思えるし思えない部分もある。まあ、ついていくだけ行ったら? 罠だったら今度こそ冬美ちゃんを追い詰める材料になるわけだし」


「あー、あたしってば、信用ないねー……。そりゃそうか。じゃあ話はまとまったみたいだし、孝之くん、近くの公園までついてきてよ」


 そう言ってドアのほうに向かっていった華絵さんの後ろ姿を見て、俺は友樹に目配せした。友樹は「気をつけろよ」とだけ行って一人で帰路につく。俺は警戒しながら華絵のあとをついていった。冬美の視線が突き刺さったが、無視無視。


 歩いて五分ほどの公園に着くまで、これといって罠らしい罠はなかった。出迎えもない。特に味方じゃないというのは本当らしい。疑ってごめん、華絵さん。


 公園のブランコの隣同士に座って、鞄を地面に降ろしブランコを揺らしながら華絵さんが切り出すのを待つ。華絵さんはあーともうーとも言いながら考えていたようだったが、決心がついたのか足でブランコを止めて俺の横顔を見る。


「……にしても、本当に男前になっちゃって。相撲取りかなにかだと思ってたのに」


「言いたいことはそれだけか」


「ごめんごめん。一年のときは別の意味で有名だったからさ。で、本題なんだけど……。孝之くん、冬美ちゃんのことまだ好き?」


「これっぽっちも」


 はっきり言うと、華絵さんはだよねー、と苦笑いをした。俺も足でブランコを止めて華絵さんのほうを見る。


 ごく平凡な少女だった。容姿だけで言えば冬美のほうが圧倒しているが、性格は華絵さんのほうがいい気がする。振られた衝撃を引きずっているだけだが。


 華絵さんはちょっと迷ってから、口を開く。


「あのね、これ誰にも内緒にしてほしいんだけど」


「ん?」


「今日、冬美ちゃんを連れて行って話したでしょ? 冬美ちゃんが話した内容、たぶん嘘とか騙してやろうとかそういうのないよ」


 なにを言っているんだこいつは。冬美は確かに傷つけるつもりはなかったとか妄言を言っていたが、それを支持するなんてやっぱりこいつも冬美の味方なんじゃないか。


「……なにを言ってるのかわかんねえけど。冬美ってやつは……」


「冬美ちゃん。極度のデブ専なんだ」


「悪魔みたいなやつで……。え……?」


 今、華絵さんはなんと言った? デブ専? あの学校一の美少女の冬美が?


 ありえない。でも、その話が本当なら小中と周囲から毛嫌いされてきた俺と一緒に帰ったり遊んだりしたのも説明がつく。でも、それならどうして俺を振ったんだ。デブ専なら願ったり叶ったりだろうに。


「冬美ちゃんはさ? あの見た目だから周囲から期待の目を向けられるの。あんなに可愛い子に選ばれたいって。そして彼氏ができたら、それは平均かそれ以上の男じゃないと女子にも男子にもいろいろ言われるわけ。これ内緒ね。冬美ちゃん、あたしと二人で帰ってるときに秘密だよ、って言って打ち明けてくれたことだから」


 冬美、そんなことまで考えてたのか……。もしかして、俺を傷つけないようにあえて振ったのか? いやでも、あの振り方はない。俺が勝手に期待していたのもあったが現に傷ついて痩せてしまった。だから、冬美はあんなに動揺していたのか?


 ということは、冬美は太っていた俺のことは好きでも、今の痩せている俺のことはある意味避けたいということだ。負い目もあるだろう。好みの男を周囲の期待を取って振ってしまったのだから。


 だからといって許せるものではない。周囲の期待があったのはわかったが、それでも遺憾だ。そうだと言ってくれれば、どれだけ俺の心は救われて、一年間を復讐のために使わずに済んだか。


 でも、逆に面白くなってきた。デブ専なら、あえて痩せた俺に振り向かせることによってある意味復讐は完遂するのではないか? 今の俺に惚れさせたら、さぞかし男冥利に尽きるだろう。


「冬美は俺のこと好きなのか?」


「そう言ってくるってことは、たぶん。でも自分のせいで痩せちゃったから申し訳ないってさ。あのさ……。あたし、手伝おうか? 二人の恋のこと」


「え?」


 意外な申し出に俺はらしくない声をあげる。


 恋を手伝う? 華絵さんが? 確かに冬美のことをよく知っているらしい華絵さんが手伝ってくれれば成功する確率は上がるだろう。でも、どうやって。俺は痩せてしまった。冬美の好みのデブではない。


「もしかして、デブじゃないからもう振り返らせられないと想ってる? ちっちっち。女心は秋の空。一途にアプローチすれば叶うかもよ? これっぽっちも冬美ちゃんのこと好きじゃないなら復讐、になるのかな? それでもいいんじゃない? 冬美ちゃんと、付き合いたかったんでしょ? 昔は」


 言葉をガンガンぶつけられて、俺の中の何かが揺れる。冬美と……付き合う? それが復讐になるのか? 確かに痩せてる俺に惚れたら、冬美は悔しがるだろう。案外、悪い話じゃないかもしれない。


 冷たい態度をとっていても、肝心の冬美があんなんだからいじめているようにしか思えなくて困っていたのだ。ここで第二の可能性が出てきて、どことなくわくわくしている俺がいる。そうだ、復讐とはこうでなければ。


 やる気になった俺を見て、華絵さんはほっと一息ついた。そして、右手を差し出してくる。


「これからはあたしも仲間だよ、孝之くん。盟友になったんだから、お互い呼び捨てで呼び合おっか」


「……ああ。よろしく頼む。華絵」


 俺は右手をブランコの鉄製の紐から放して握手を交わす。友樹と同じくらい頼もしい仲間ができて、俺はこれ以上なくわくわくしている。デブ専の冬美を落とすことができれば、俺の復讐は完遂だ。


「さて、そうと決まれば計画立てよっか。あたしは冬美ちゃんから話を聞く係で、それを聞いた友樹くんと孝之が実行する。しっかりしてよね。応援してるんだから」


 背中をばしばし叩かれ、少し痛いので睨むと華絵はけらけらと笑う。こいつ、他人事だと思って調子がいいぞ。


 その後少し雑談をして、連絡先を交換しその場は別れた。……冬美、今に見てろよ。お前の好みじゃなくなっても、絶対に振り向かせてやる。

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