第2話 問いただす
あの悪夢のような放課後から一年。俺は、友樹のコーチングの元走ったり筋トレしたり食事制限したりありとあらゆる方法を使って減量に成功した。その結果はすさまじく、あんなに出ていた腹が引っこみ平らになり、ほどよく筋肉がついている。
顔も元の作りはよかったからか芸能人顔負けのイケメンになり、体重も五十七キロまで減った。痩せ始めたころから女子の視線を集めていたのはわかっていたが、まさかこんなにイケメンになるなんて。友樹には頭が上がらない。
高校二年生になった俺は、屈指のモテ男として君臨するほどになっていた。友達も増えたし、女子からはほぼ毎日のように放課後告白される。俺はそれを優しく断って、友達になった。あくまで冬美とは逆のやり方をすることにしたのだ。
結果、二年になった俺にはたくさんの友達ができていた。たった一つの誤算といえば、友樹とはまた同じクラスになったが、今回は冬美も同じクラスになったのだ。冬美はその美貌でたちまち俺と同じかそれ以上のクラスの人気者になり、絶えず周囲に人がいる。
同じクラスになったとき久しぶりね、と声をかけられたが、俺は困惑して返す言葉というものがなかった。冬美があれをなかったかのように扱うのにもびっくりしたし、声をかけられたのもびっくりした。
美少女にイケメン。俺たちのクラスは「人キラー」なんて呼ばれて別クラスの人間も休み時間にはやってくるようになっている。友樹はいいんじゃねえの、なんてのんきなことを言っていたが、それでは俺が困るのだ。冬美のタイプの男が来たら、俺の復讐が台無しになる。
だから俺は常に冬美を監視できるように友達たちにはクラスに来ないようにお願いして、近くの席になった友樹と人に囲まれている冬美を観察することにした。冬美はその視線に気付いているのかいないのか、楽しそうに周囲と会話している。
「どう思う? 友樹」
「一年間お前のダイエットに付き合ってきたけど、面食いなだけだったんじゃないか? そう考えるとお前を一年前に振った理由もわかるし」
「それ、遠回しに嫌味だぞ」
ちくりと針を刺すと、友樹はたはは、と笑って両手を合わせる。この気さくなところが憎めないんだよな。面倒見もいいし。彼女がいないのが不思議なくらいだ。
「そうだな。一年前の俺は醜かった。それは認める。でも周囲にイケメンがいっぱいいるのになびく様子もないしな……」
冬美のほうを見ていると、冬美の友達らしき女の子がこっちを顔を赤らめさせながら見てくるので笑いかけると、きゃあ、と小さい歓声がわく。嬉しいが、本命は冬美なのだ。冬美は話に夢中なのか一度もこちらを向いたことがない。
「モテ男はいいねー。ちょっと分けてくれよ」
「そうでもないよ。嬉しいけど断らなきゃいけないのは心が痛いし。どっかの誰かさんとは違ってね」
幼馴染を手ひどく振る悪魔と俺は違う。復讐しようという俺もなかなかのものだと思うが、これは因果応報なのだ。面食い死すべし、慈悲はない。
「お前も結構残酷なことしようとしてるんだが、それはどうなんだ?」
「友樹、俺があいつに復讐するために血のにじむ努力をしてきたのを知ってるだろ? その冬美が俺を無視してる。これ以上の屈辱があってたまるか」
「じゃあ、どうすんの?」
「……そうだな。二人きりで話をする。俺を振ってすっきりしてるんだ。俺に恨み節の一つや二つ言われたって仕方ないはずだ」
休み時間は始まったばかり。ちょっと強引なのはわかっているが、のほほんと冬美が学校生活を送っているのは許せない。わからせないと気が済まないというものだ。
俺は友樹に手を上げて冬美のほうに向かっていく。談笑していた冬美が俺を見て顔を凍らせる。そうかい、そんなに近寄られたくないかい。ふつふつと怒りがわいてきて、冬美の手を取る。
「な、なんだよ。今俺たちが話してたとこなのに……」
「ちょっと借りるぞ」
「ちょ、孝之……!?」
俺の名前を呼ぶのも一年ぶりだ。その響きにますますイライラして乱暴に人の輪から引っ張り出すと人気のない廊下のほうへ突き進んでいく。
冬美は痛いとかなんだとか言っていたが関係ない。俺は今すぐイライラを発散したくて、人気のない廊下に到着すると後ろを振り返った。冬美は俺がイライラした様子だからか怯えていて、あのとき俺を振ったような威勢のいい様子はない。
おかしい。あれだけ威勢よく振っておいて、俺がイライラしただけで怯えるのはわけがわからなかった。姿も一年前のほうが迫力もあっただろうに。仕返しに怯えていた? ならちょうどいい。
振り払うように冬美の手を振りほどくと、まっすぐ向き直る。冬美は困惑しているようで、おどおどしている。罪悪感を感じるくらいなら、どうしてあのとき手ひどく振ったんだ。
「……一年ぶりだな」
「そ、そうだね」
「他に何か言うことあるんじゃないのか」
俺の言葉に冬美は黙りこんでしまった。そうか、謝りたくないか。そんな冬美の態度に、俺の怒りは膨張していく。
「そ、その。変わった、ね」
「ああ、あの日からな。俺はお前に振られたのをバネにして変わった。お前への感情もだ。冬美」
「……ッ」
冬美は胸の前で手を組んで息を呑む。まさか、ここまで言われて好かれているとは思うまい。俺はあのときの復讐が果たせて大満足だ。あとは、彼女を作って冬美に見せびらかすだけ。
でも、なんだろう。それは違う気がした。復讐目的で彼女になった子がかわいそうだし、もっと冬美が傷つく方法なんていくらでもある。だから、彼女を作るのは却下だ。冬美にはもっと傷ついてもらわなきゃならない。
「今まで一年間、俺のことを放置してのほほんと過ごしてた罪、償ってもらうからな」
「ち、違う、あれは……!」
「なにが違うんだよ。俺を振ったのは事実だろうが」
「うん、確かに振った。でもそれは、そういう傷つけようとかそういうんじゃ……」
「現に俺は深く傷ついたわけだが? まだ言い訳するのか? らしくない。俺の知ってる冬美はさっぱりしてて、今みたいにうじうじしてないはずなんだがな。それとも、この顔の前じゃ強く出れないってか?」
冬美は黙りこむ。
なんだろう、この感じ。これじゃまるで、俺が一方的にいじめてるみたいじゃないか。冬美が悪態をついてくるだろうと予測してのことだったのに、これじゃ調子が狂う。
「お前、具合悪いのか? さっき教室で見てたときは普通だったのにな」
「……見てたの、気付いてたよ。同じクラスになってからずっと」
「ほう。俺がストーカーしてたと」
「そうじゃなくて、その……」
そのとき、予鈴が鳴った。冬美はびくんと肩を揺らして、初めて俺の顔をちゃんと見る。
「あのときはごめん! でも、仕方なかったの。だって……。い、言えない。言ったら……」
「なんだって?」
「あ、謝ったから! だから私のことはもう放っておいて! それじゃ!」
それだけ言うと、冬美はぱたぱたと教室のほうへ走っていった。俺は一人残されて、考える。
振ったけど傷つけるつもりじゃなかった? 矛盾している。俺と二人になるとしおらしくなるのもおかしい。ただ面食いなだけだったら、これ幸いと近づいてくるはずだろう。でも、冬美はそうはしなかった。
だとしたら、なんで一年前のあの日俺を振ったんだ。謎が謎を呼んで、俺もわけがわからなくなってきた。冬美にもう一度聞こうにも、あの様子じゃ喋らないだろう。俺だって暴力を振るいたいわけじゃない。
一旦頭を切り替える必要がある。あの日悪意なく俺を振ったんだとしたら、冬美はなんのためにそんな行動をしたのか知りたい。だが俺が見ていたことを知っていたなら今度向かっていけば逃げられるだろうし、俺も事を派手にしたくはなかった。
「友樹に相談するか……?」
いや、これ以上迷惑はかけられない。ただでさえ一年ダイエットに付き合ってもらってるんだ。今でも俺とつるんでくれてるのは、一年俺とダイエット計画してたせいで友達を作る暇がなかったというのもある。
そろそろ本鈴が鳴りそうなので、俺もダッシュで教室まで戻った。教室に到着したとき本鈴が鳴り、怪訝そうな顔をした教師に頭を下げて教室に入る。冬美の顔は、もうおどおどしたものではなく普通に戻っていた。
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