悪食


風はボオッと恨めしく青く光る骨の散らばった夜の野を駆けたよ

風にはお前たちみたいに怖いものなんてない

だから 影の町をそよそよ吹くなんて簡単至極

現は幻

この世は風が吹くだけの場所



おや珍しい、旅の方? 久しく見かけない。

この町に宿はここだけ。腰かけてどうぞ足を休めなさいな。

小さな町でなんの面白味もありゃしないけど、住めば都、物騒なこともなく、女は気立てが良くて働き者の町だよ。


女しか見かけない?

男はどこにいるのかだって?

おやまあ、お客さんは一体どこから来たんだろうね?

久方ぶりのお客様、まあ酒の肴に話をお聞きよ。



これはあんまり昔じゃない話。戦争が絶えなかった時代の話。

女たちは嘆いていたよ。父親も夫も息子も戦に駆り出されていた。

女たちは恨んでいたよ、自分たちを置いていく男たちのことをね。


なぜって、畑を耕し糸紡ぎ、朝昼晩に陽気に食べてぐっすり眠れば朝が来るのに、男たちは戦にゆくからさ。

あたしの父親、あたしの夫、あたしの息子なのに、王様は自分のものだと言わっしゃる。

お偉い人の頭の中身ときたら。

それに男ども。

大義だの愛国だの、ありもしないものに引っ張りまわされるんだから、まったく。



ある日、女たちが愚痴をこぼしていた最中に一人の乞食が町にやって来た。

ぼろをまとって骨と皮ばかりに痩せた乞食で、おまけに目があるはずの場所はぽっかりと洞窟みたいな空洞 だった。

気味は悪かったけれど、この町の女たちは気がいいからね、随分親切にもてなしてやったのさ。


ところがその乞食、大層がつがつしていてね、食っても食っても一向に腹がいっぱいにならないと言うんだよ。

男手が少なくて収穫は減ったし、これ以上はもてなしてやれない。

男たちが町にいてくれたならもうちょっとご馳走してやれたけど、王様に召しあげられさえしなければねぇ。

女のひとりが残念そうに言うと、乞食はなんて返したと思う?


「それじゃ私が男どもを食べてあげましょう」ってのたもうたのさ!


悪辣あくらつな冗談なんて慣れてるのはこの宿の女将くらいなもんさね、女たちはびっくり仰天したよ。

だが、もっともっと驚いたことに、そいつは冗談なんかじゃなかったんだよ!


乞食はこう言った。

「私は生来足りぬもので、生まれたときもほんのお慰みにこの世にたまたま引っかかるようにしか生まれなかったんですよぉう。はじめはクラゲのようにふにゃふにゃで、手足も顔もあったもんじゃなかった。本当にちょっとでも気を抜いたら、地面に染み込んでしまうか、空気に蒸発してしまうかのふにゃふにゃだった」


「だから私は大いに食べたんですよ。食って、食って、食いまくった。堂々とこのように存在しているあらゆるものをね。母親にすがりつき泣きわめくように、あるいは恨めしく妬ましく復讐するように、食った」

乞食は胸を張った。

「そうして、ほら、皆さんの眼前がんぜんにあるが如くにくっきりと成長した次第でございますよ。うっかり息を吐いても薄れることなく、雨が降っても色が剥がれることはない」


そして本当に悲しそうに続けた。

「ところがねぇ、皆さん。どうも私はまだ成長しきっていないのか、それとも成長不良なのか、……悪食あくじきなんでございますよ。皆さんの食べるようにはゆかない」


目の前の空にした食器を示す。

「私が食べるのは姿や輪郭だけで──、重さも温度も質量も手触りも、存在の本質といったものがどうしても食えやしないんですよ。ほら、よくご覧になって下さい。皿に影が残っているでしょう? ご歓待かんたいを頂きながら、いや、面目無いことで」


恥じ入った様子で乞食が言った通りだった。

皿の上には乞食の食べた食物の影がそっくり残っていた。

おまけにそれは形は見えないのにつまんで食べることも出来たんだよ!

なんて不思議なことだろう?


そして乞食は最初の提案に話を戻した。

「言ってみれば、私に食べられるってのは姿が見えなくなるってだけの話でしてね。ただ口は利けなくなるし、物を考えたりもしなくなるんですが。王様にしてみれば、見えないってことはいないってことでしょうから、戦に行けなんて言いやしませんよ。お偉いさんは見えるものは取り上げますが、実はあるのに見えないものは手に負えませんよ」

旨そうに菓子をかじりながら言う。

「男たちは戦に駆り出されることなく町に留まり、畑も耕せるし、夜のナニもできますよ、立派に。どうです? 私はこんなにも厚いもてなしを頂いた恩義に是非報いたいんだが」



ほら、窓の外をご覧、男たちの影が帰ってくる!

女たちは収穫の時期に合わせて帰って来た男たちを乞食に食べさせたんだ。

ちっとも不便はありゃしないよ。

またいつ召し出されて、どことも知れぬ戦場で女たちの慰めもなく屍を朽ちさせるなんて冗談じゃない。

あたしたちの言うことをよく聞くし、夜のナニもできるんだからね。


怖いのかい? なにもしやしないよ、見えないだけさ。

本当だよ、からかいやしない。

乞食はどうなった?

それがねえ、男たちを食って満足したみたいなのに後から町にやって来た白い剣の優男に斬り殺されちまったんだよ。

町の衆は恩義を大事にする女ばかりだからね。丁寧に弔ってそいつは酒に酔わせて八つ裂きにしてやったけど。

成仏したかねえ?


え? 先を急ぐって?

やめなよ、天気も崩れそうだ、それにあんた、なんだか顔色も蒼いようだよ。

どうしても行くって? じゃあ、しょうがないねえ。

いいよ、お代はツケといてあげるから、いつかまたおいでよ。

ここはいい町だよ、戦は来ないし、実りは上々。

気立てのいい女たちがいる町だよ。



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