第29話 スプリング・トゥ・ザ・フューチャー③
3000年8月1日、朝の5時半、目覚まし時計が鳴り響こうとしたその瞬間、私は素早く布団から手を伸ばしてアラームを止めた。
「はぁ…もう朝か…。ま、いいけどさっ」
勢いよくベッドから起き上がり、窓のカーテンを開けて差し込む朝陽を肌で感じる。こんな朝早くても、って違う違う。こんな朝早くだからこその強い光が目覚まし以上の暴力で私の身体を一瞬で目覚めさせた。
よし、目を覚ましたのならやることはたったひとつ。
「さ~て、今日も生き汚く生きてやりますかっ」
気合いを入れた私はパジャマからスーツへコソコソと着替えて部屋を出た。今の私のスタイルはパンツスーツを着こなすいかにもできる女。自己評価が高いのは相変わらずだけど、そうでも思わないと人生やっていけない。
私は洗面所で手早く洗顔と歯磨きをすませ、お祖父ちゃんがよく褒めてくれた真っ直ぐな黒い髪をちょっと低めのポニーテールに仕上げる。
鏡に映る自分は、ばっちり今日も美人だ。
鏡の前で5秒だけポージングを決めて次は台所へ。時短に時短を重ねた超高速テクニックでお弁当を用意。その用意の間にパクパクとつまみ食いをして朝食の代わりにする。
ああ、こんな時、お母さんに毎朝ご飯とお弁当を用意してもらえた日々がどれだけ貴重だったのかを思い知る。
いざ玄関の扉を開けると外にはまだ強い日差しが残っていた。あと数十分で地平に沈むはずの太陽なのに、そのありあまるエネルギーを容赦なくこの大地へと押し付けてくる。その輝きに、ほんの一瞬だけ目がくらみ、ここまで駆け抜けてきた時間が走馬灯のように流れていった。
あの日、人類最後の日だと思っていた西暦2990年の8月31日を、気が付けば私たちは乗り越えていた。
安堵とともにこぼれ続ける涙。自分たちの生を自覚した瞬間、私は救急コールを鳴らして緊急ヘリを校舎へと呼びつけた。
目的はもちろん春の搬送。死にたくないと、生きていたいと言ったんだから、今度は有無なんて言わせない。
事前に話をつけていた救急隊の人たちは10分としないうちに校舎に到着した。
春に告白されてからずっと考えてたこと。春が元気だったら、春が生きようとしてくれるなら、私はその気持ちに応えられるのにって。
だから私は私にできることを準備し続けた。救命の方法を頭に叩き込んで、お父さんのコネで海洋都市の救急部隊の人たちに話をつけて、そして医療センターの人たちにある心臓を探してもらった。
もちろんいち学生がすることじゃない。でも、そうでもなくちゃ春と付き合ってなんていられない。付き合ってなんか、あげない。
やってきた救急ヘリを見て春は少しだけ驚いた顔をして、仕方ないなと受け入れるように私を見て笑っていた。
「未蕾はすごいね。僕に未来をくれた。生きたいって欲望を湧き上がらせてくれた。うん、君を何度だって抱きしめたいって、そう思わせてくれたんだ」
ヘリに乗る直前、いつもの真面目な顔で偽りのない本音を春は言ってきた。
でもホント、救急隊員の人たちの前で言うのはやめて欲しい。恥ずかしすぎて今度は私が死んでしまいそうになる。
「ああ、ゴメン。でも本当にそう思ったんだから仕方ないだろ? 何をしたって、どんなカタチになったって、未蕾と一緒の未来を生きていたいと思ったんだから」
その言葉が、春の決意を示していた。
海洋都市に運びこまれた春は、すぐに
仕方のないことだった。海洋都市への移送途中にも二度、春の心臓は停止したんだから。
もう誰の目にも春の心臓が限界を超えていることは明らかで、それを本人が一番理解していた。
この機械心臓の良いところは軽量、コンパクトで拒絶反応も少なく、外部から量子電波で設定操作できることもあり移植も比較的簡便であること。
その反対に面倒なのは対象の人間のパーソナルデータ、行動予測値を事細かく正確に入力した上で演算機とリンクしなければただのガラクタだということ。
本来なら1ヵ月以上、長ければ1年近くもかかるそのデータ入力の期間を春の身体が耐えられるはずもなかった。だけど、春を担当した医者が医療データバンクに検索をかけたところ、あまりにもあっさりと春のデータが検出された。それもおあつらえ向きとばかりに機械心臓の移植に必要なデータが全て。
それを用意した犯人は言うまでもなく春の両親だった。彼らは春が生きぬくことを信じ、彼が17歳になれていることを確信して、息子の未来の姿を演算していた。それはある意味で、世界の終わりを証明することよりも正確に、精密に。
結果としてそのデータをもとにいくつかのわずかな修正をかけるだけで春の新しい心臓、機械心臓は順調に起動した。これにより春は海洋都市の演算処理圏の中でしか生活ができなくなり、あの廃校舎に通い続けることはできなくなった。だけど、後々のことを考えればそれも仕方のないことだったと思う。
だって、あの学校もあれから10年後には完全に海に沈んでしまったから。
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