第八章 満つる星、満つる天寿

第24話 満つる星、満つる天寿①

 沈む朝陽を、目に焼き付ける。


 燃えたぎる太陽を忘れ、刻一刻と熱を失っていく世界を肌に感じ取る。


 太陽の沈む海の果てを、私の手の届かない場所で崩れていく世界の果てを強くにらみつけた。


 今日も私は、いつもの校舎の屋上からあきれるくらい同じことを繰り返してる。

 ここに来れば、春に会える。でもここにいれば、春の気持ちと向き合わないといけない。


 本当は、自分の気持ちにだって気づいてる。


 でもそれを認めてしまったら、次に待っているのは何?


 幸せのような何かを抱きしめながら世界の終わりにおびえる日々?

 それとも、春の心臓がいつ止まってしまうのかを怖がるだけの時間?


 今の世界じゃ、今の私じゃどうやったって春の気持ちに応えられない。


 だから私は、毎晩探し続けた。どんな世界なら、どんな私なら春に胸を張って気持ちを伝えられるのか。


 答えはまだ、見つからない。春の告白から二週間がたっていた。あともう少し、あとほんのひとかけらの何かで、世界わたしはきっと変わるのに。



 そんな思いを抱きながら、私はいつもの図書室を訪れる。


 春が来ているのか、来ていないのか。

 まるで箱を開けてみるまでは死んでいるのか生きているのか分からない猫みたい。


 やめてよね、そんな思いをさせるのなんて。


 私はやっぱり、猫には生きた姿でいて欲しい。


 校舎の見回りなんてものは放り出して、私は真っ直ぐに図書室へと向かっていた。

 心の箱に何が入っているのかはまだ不確定だけど、私は春の生きた顔が見られたらそれでいい。


 深呼吸をして図書室の扉を開ける。


 震える心を無理やり押さえつけ、私は顔をあげて歴史のコーナーへと向かう。


 そこには、

「あ、おはよう未蕾。待っていたよ」

 私が好きになっちゃいけない少年の、幸せそうな柔らかい笑顔が待ってくれていた。


 あれ、『待っていた』? 

 どういうことだろ。春が私に待っていたなんて言うのは初めてな気がする。待っていた? 私が来るのを? 何で? 会いたかったから?


 いや、ちょっと待ってほしい。

 そんな一言で舞い上がらないで私の心。


 箱の中身は不確定だって言ったでしょっ?

 違うの! 私のハートは安くないし、全然チョロくだってないんだから。


「お、おはよ。春」

 私はいつもみたいなトゲのついた返事もできなくて、借りてきた可愛い猫みたいな挨拶を返してた。


「どうしたのさ、そんなところで固まって。早く入ってきなよ」

 対する春は本当にいつもと変わらない。

 世界が終わることも、誰かを好きになることも、当然のことみたいに春は受け入れる。


 なんで、春はこんな普通にしていられるんだろ。


「調子は、悪くなさそうね。心配して、いや心配なんかしていないんだけど損をしたわ」

 私はさっきの失点を取り戻すために精いっぱいの悪態をついて、顔をプイッとそむけながら図書室の中を突き進んだ。私がぎこちない歩き方で春の所まで近づいていくと、ちょっと違和感があった。


 本棚を背もたれにした学生服の男の子。歴史関係の本を積み上げて、その一つを熱心に読んでいる。その隣には、茶色の大きなバッグが置いてあった。あれ、バッグ?


「ねぇ春、そのバッグどうしたの?」


「ん、これ? ちょっと色々と持って来たんだよ」

 春はバッグを自分の影に少し押し込み、全然隠せていないけれど隠そうとする仕草をする。私としてはその色々の内容が知りたいんだけど。


 そんな私の視線が伝わったのか、

「え~と、お昼になったら教えるから、それまで内緒でいいかな?」

 春は人差し指を立てて唇にあてて片目を閉じた。ん、ちょっとあざと可愛い。


「分かったわよ、何を考えてるかは知らないけどお昼までは触れないであげる。それで?」

 私はさも当然のように春に向けて片手を出していた。


「?? ああ、もちろんあるよ。はい、今日のオススメ」

 春は私の意をすぐに察して、用意していたと思われる彼のお薦めの本を私に手渡した。


「……ありがと」

 私は短くお礼を言う。


 なんだろ、こんな短いやり取りで、心のどこからか嬉しさが湧いてくるなんて、私は何かの病気なのかな。


 そんなことを考えながら私はいつものテーブル、には行かずにそのままその場に座り込み、本棚を背もたれ代わりに春のお薦めの本を読み始めた。

 テーブルを使わなかった理由は、そう、きっとあそこまで行くのが面倒くさかったからに決まってる。


 一瞬、春の驚く気配がしたけど、すぐにそれも消えてページをめくる音が聞こえてくる。そんな些細な音が聞こえるくらい、この図書室は静かで、ありえないほどの平穏に満ちていた。

 100人くらいは平気で人が入れるはずの空間の中にたった2人。


 座り込んで寄り添って、実に貧乏くさいスペースの使い方だった。

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