第23話 スプリング・ラストレター②

 扉を開け、両親の書斎に入る。ここで使える時間もそう長くはない。

 のんびりしていると未蕾が来るはずの学校に行けなくなる。それは、それだけは嫌だ。

 ここにいる時間を最長15分と決めてサイコロに書いてあった場所を探す。あの図書室には及ばないけど、現代では異様ともいえるほどの書物群。だけどそのほとんどは両親の趣味の産物だった。


 几帳面にナンバリングされた書棚の3番目、その中で図鑑はたった1冊、背表紙にわかりやすく『星座の図鑑』と印字された僕が5歳の時の誕生日プレゼントだった。


 その本の最後のページ、これ見よがしに手紙が挟んであった。本当に、見透かされているようでくやしい。あの人たちは、僕がこの本を手に取らないことも、それ以前にこの部屋に入ってこないことも全部わかってたんだ。


 くやしんでいる時間も惜しいので、仕方なく手紙を開く。封筒には、『愛する春へ』と書いてあったけど、気にしないで読み進める。


『春、久しぶりだね。元気だったかい?』


 そこには、お世辞にも上手に書かれたとはいえない、父さんの字が並んでいた。


『普段は端末を相手にしているものだから、ペンと紙を使うのは非常にもどかしいね』

 それはそうだ、今では何か書面に残すなら電子データ上なんだから。なのにわざわざ貴重な紙を使うってことは。


『まあこれは仕方ないことだ。私たちの残す電子データは他の都市エンジニアの連中に一バイトも残さず回収されることだろうからね。君に何かを残すには、この方法しかなかった』

 父さんの書いた通り、二人が自殺した翌日には海洋都市の未来演算者エンジニアの人たちがこの家に押し寄せて書斎、正確には書斎にあった情報端末機から必死にデータを吸い上げていた。だけど本当に欲しかった情報がなかったのか、彼らの悲鳴のような怒号も響いていたけど。


『私たちのせいでいろいろ迷惑をかけることになる、違うね、たくさんの迷惑をかけたと思う。それは、ずっと赦さなくていい。間違いなく、私たちのすること、したことは悪だからね』

 ありがたい、そう貴方が言ってくれるのなら、僕はずっと貴方たちのことを赦さないでいられる。


『君の身体についてもそうだ。なんとか手術まではこぎつけたけど、この手術が成功したとしても春の心臓は常にギリギリの状態で稼働する。君がこの手紙を読むまでには、何度も死ぬ思いをしたことだと思う』

 そこについては、別に気にしていない。自分の身体だから、誰かに責任を負ってもらいたいとは思わない。


『人工の心臓、機械心臓オートハートを移植できるならよかったが、小児用の心臓は延命抑制に該当してしまうから、もう製造されていなくてね』

 それも、いい。もしも当時にその機械心臓を使っていたら、きっと僕は未蕾に会えなかった。


 残り、5分。


『君も忙しいだろうに長々と書き連ねてすまない。母さんからも早くしろとせっつかれたよ。春には母さんがもしかしたら冷たい人間に見えていたかもしれない。だけどそれは誤解だ。ただ単純に合理主義が行き過ぎてるだけなんだ。我々未来演算者エンジニアはたいていそうだけどね』

 そう、だったんだ。冷たい人だとは、思っていたよ。


『君のことが大事で、君の未来が大事だったんだ。今は少しだけ後悔している、君と同じ視点で生きていけなかったことに』

 僕も、今なら少し残念に思えるよ。貴方たちの視点についていけなかったことを。


『最後に、このことを伝えておくよ。私たちの望んだ未来に影響を与えないためには、この情報を挟み込むタイミングがここしかなかった。すまないと思ってる。』

 息を飲んで、次の文へと目を動かす。


『君の周りでは世界の終わりが提示されて大変なことになっているだろう。まあ君はあまり興味ないだろうけどね。だけどこれだけは教えておく、きっと君は知っておくべきだから。世界最後の日、それはね…………』


 15分、経った。


 とくに感想はないけれど、知りたかったことがひとつ知れたからそれでいいや。

 手紙を閉じて封筒に戻す、その時に2枚目があることに気づいた。だけど、


「白紙?」


 何も書いていない、まっさらな白い紙。せっかくなので、これはもらっていくことにした。

 封を閉じた手紙は図鑑の最後のペースに挟みなおす。


 きっと多分、もうここに来ることはない。


 書斎を出ておばあちゃんが早起きしているリビングに降りて声をかける。ふとカレンダーに目をやると、夏休みが、終わろうとしていた。

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