第四章 ブック・ライフ
第12話 ブック・ライフ①
次の日、私は屋上から沈む朝陽を見届けたあと、校舎の見回りを後回しにして迷わずに図書室へと向かった。
そこでは、今日もいつもと変わらずに春が読書に勤しんでいる。
「呆れた、いったい何時からここに来てるのよ?」
内心ではホッと安心しながらも、私はつい春を前に悪態をついてしまう。
「僕もさっきここに来たばかりだよ。仕方ないだろ、娯楽もそんなにないし、時間もそこまでないしさ。これは僕の趣味だから、起きているうちはできるだけ文字に触れていたいんだ」
手にした歴史書から視線を切って、春は私の方へと顔を向ける。
時間がない、春にとってその言葉の持つ本当の意味を知った私は、思わず言葉に詰まっていた。
「ああ、時間がないってのは人間の時間が有限って意味だよ。別に僕個人の寿命を指して言ったわけじゃないさ。たとえ僕があと50年長生きできたとしても、きっとこの図書室の蔵書を読み終えることすら難しいんじゃないかな」
春は私の反応を見て何かを察したのか、そんな言葉を加える。本当に、本当に、春は自分の残り時間なんて気にしていないみたいに。
「別に、私はそんなこと気にしてたわけじゃないから。ただ少し眠くて、ボーとしちゃったのよ」
だけど、私はちょっとした強がりで春の気遣いを否定する。
「そっか、確かに今日の未蕾は眠そうだ。目元にクマがあるなんて珍しいね」
私の顔をじー、と見ながら春はそんなことを言ってきた。
「ちょっと、あんまりジロジロ見ないでよ。今日の顔には自信がないんだから」
今朝の鏡の前での自己採点は、100点満点中の60点といったところ。
だけど、わざわざそれを補うために化粧をするのも、まるで春のために化粧をするみたいでくやしいから何もしないでここへ来たわけだけど。
「そうなの? 今日も未蕾は美人だと思うけどね」
そんな私に対して何の気なしに春はボソリと呟く。
「あ、ありがと……って、美人の基準が曖昧な春に言われても嬉しくないわよ」
少しだけ頭にきて私はそっぽを向く。
嬉しくなんてないのに顔がちょっとだけ熱く感じるのは、きっとやっぱり頭にきたせいに違いない。
「はは、それは残念。それにしても今日はここに来るのが早かったね」
私との会話に一通り満足したのか、再び手にした本に目を戻しながら春はそんなことを言う。
「え? あ、そうだ、今日はまだ見回りしてないんだった。それじゃ私ちょっと見回り済ましてくるから」
春がちゃんと来ていることは確認できたから、私は本来のお仕事に戻ることにした。まあ、校舎の見回りっていう必要性の疑わしい仕事内容だけど。
「いってらっしゃい未蕾、それじゃ僕はここで準備してるよ」
廊下へと向かう私にヒラヒラと手を振りながら春は謎の言葉を残していた。
準備? はて、いったい何のことだろ?
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