第11話 ワールズエンド⑤

 私は家のベッドに仰向けに寝転んで、腕をアイマスク代わりにして今日一日を振り返った。


 だけど、今日私が何をしていたかなんてほとんど覚えていない。思い出すのは、春のことだけ。


 春は本当の本当に残された時間があと1年だった。生まれつきの病気で、もう手術もできなくて、あとは薬で誤魔化しながらじっとその時を待つだけだって。

 この一週間、あの校舎に来なかったのも、とくに心臓の調子が悪かったんだそうだ。

 初めて、だった。生まれつき病気の人に会ったのは。

 そんな春に私は何てことを。


『それは奇遇ね、私だって余命が一年よ』


 ひどい、言葉。

 それを、春は笑って受け止めていた。苛立ったりも、怒ったりもしないで、彼の心は凪のように静かだった。


 春が明らかに感情を荒立てたのは、今の人たちが『歴史』に見切りをつけて、私もそれを受け入れているんだって話した時の一度だけ。


 なんで、だろう。

 自分のために怒って、自分のために笑うべきなのに、春はそれをしない。

 まるで、自分の死期を悟った動物みたいに、ただ静かに、そこに佇んでいる。


 ああ、嫌だ。

 本当は、自分がそうなりたいと思ってた。

 世界の未来が閉ざされたと知った日から、だったらそれを受け入れて取り乱すことなく死んでやろうって。


 周りの大人たちや友達みたいに混乱したり塞ぎこんだりしないで、ありのままの自分を保ったまま『その日』を受け入れようと思っていた。


 なのに、今日私は本物を見せつけられた。

 春の心の在り方は、私のなりたい姿そのものだった。


 なんてひどい、なんて醜い。

 春の境遇を知って、その在り方を羨ましがる私も、彼と一緒にいることで虚栄心が露わになる自分も、ひどく、とても、醜い。


 私は明日、どんな顔をして、春に会えばいいんだろ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る