第9話 ワールズエンド③
今日も家に帰りついて、食事・入浴・歯磨きと、いつものルーチンワークを流れるように済ませてベッドに入った。……友達とは、今日も電話をする気分になれなかった。
照明が付いたままの天井を見つめる。なんでだろ、別れる前の春の表情が目に焼き付いて離れない。
春は、何で今さらあんな顔をしたのかな?
人類が今年で終わってしまうことなんて、中学生以上なら誰でも知っているし、小学生だって半分くらいの子たちはそのことを聞かされていると思う。
私たち、人類の文明は西暦3000年に辿り着くことなくついに限界を迎える。それが世界中の科学者、研究者含むあらゆる知恵ある人々が何度も未来を演算した結果に出た結論だった。
風船ポンプの最後のひと押しは、もう既に押された後だったらしい。今はただ、その風船が爆発するまでの時間差が最後の猶予になっているだけ。
どんなにあがいたとしても、未来演算によって提示された結果は変わらない。
だから、私たちに残された選択肢は『どう生きるか』かじゃなかった。
選ぶことができるのは『どう死ぬか』だけ。
今のところ自殺者の増加率は例年の5%増しくらい。まあ毎年人口の5%が自殺してるから合わせて10%っていう笑えない数字だけど、それでも世界の終わりが提示されたわりにはマシな数字だと思う。
意外なことに暴動もとくに起きていないけど、多分これは世界が終わる具体的な日にちが教えられていないせい。
私たちにわかっているのは一年以内にその日が来ることだけだから。
世界は明日終わるかもしれないし、何カ月も先に突然終わるかもしれない。そんな状況で突然自分の欲望を全開にできるほど今の人たちは終わってなかった。
それか、自分の内からあふれ出す欲望を持てないくらい、とっくの昔に終わってたのかもしれない。
今この海洋都市に住むほとんどの人たちは、無気力化して引きこもっている。
ただ生きて、ただ時間を使うだけの生き物みたいに。
私はそれが嫌だった。そんな風に死ぬのだけは、嫌だった。
だから私はずっと考えていた。冷静に、深慮に─────どう綺麗に死ぬかを。
死ぬのなら、綺麗に死にたい。綺麗に産んでもらったんだから、綺麗に死にたい。
誰にも邪魔されず、誰の干渉も受けず、一人きりで、静かに、綺麗な世界で綺麗に死にたい。
それが、私の出した答えだった。
それが、私の決めた最期だった。
私が最初にしたのはスポット探し。私が最期を迎えるに相応しい綺麗な場所を探した。
でもこれが意外と難しく、相応しい場所なんて見つからなかった。まあ、自分が最期に見つめる景色なんだから、そこは絶対に妥協したくなかったし。
だけどいい加減にそんな活動にも疲れはじめていた時に、私はふとお祖父ちゃんの遺言を思い出す。お祖父ちゃんには申し訳ない話だけど、世界が終わることが判明して世間がバタバタしている中で、廃校舎の見回りっていう謎の遺言を私は随分と後回しにしてた。
でもここでついに思い至ってその校舎を訪れた時、私は思わず言葉を失った。
人の立ち寄らない校舎、屋上から見える朝陽の沈む絶景。初めてその景色を見た瞬間、ああ、死ぬのならここがいいと心の底から思った。
それから毎日、あの校舎に通い続けて屋上からの朝陽を眺めている。いつ世界が終わったとしても、綺麗な私のまま消えてゆくことができるように。
私は、世界が終わるまであの沈む太陽を眺め続ける。─────永遠に、死ぬまで。
……なんだけど、せっかくの私の完璧なプランにひとつの邪魔者が入った。そう、春だ。
春がいるせいで一人きりの校舎、私ひとりしかいない空間、時が止まったような美しい世界が大きくほころんでいる。
はっきり言っちゃう。春という観測者がいるせいで、その、なんというか、私が「イタい子」になっていないかな?
今のとこ春には私があの校舎に通っている目的は教えてないけど、これを知られたらそれこそ私は恥ずかしくて死んでしまう。幸い彼はただの本好きで、あの図書室から出てくることはないみたいだけど、その辺りは細心の注意を払っておかないと。
でも、昔々の人が、空が落ちてこないかと心配していたみたいに、私の考えは杞憂に過ぎなかった。
だって、次の日から春はあの図書室に来なくなったから。
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