第8話 ワールズエンド②
窓から見える空が少しずつ明るい色に変化していく。そろそろ帰る時間になったので、私はまだ図書室に居残ろうとする春を引っ張って校舎から連れ出した。
「もう、未蕾は強引だなぁ。あと1ページくらい読んでもいいじゃないか」
春は少しだけ涙目になって私に抗議してきたけど私は聞く耳なんか持たなかった。だって、
「何が1ページよ。そういって春は10ページ以上読み進めてたじゃない」
私にしてはかなり我慢してあげた方だと思うし。
「あ、あれ? そうだった?」
本当に気付いてなかったのか、春は申し訳なさそうに頭をかいている。
「そうだったわよ。もう、本当に本の虫なのね春は」
本を読んでいる時の春は本当に別世界に行ったんじゃないかってくらい集中していた。多分私がいなかったら家に帰ることも忘れてたと思う。
「本の虫か、そうかもしれない。それに未蕾は海洋都市に住んでて虫なんてよく知ってたね。もうこの島でもほとんど見かけなくなったっておばあちゃん言ってたのに」
「一応知識としては知ってるわよ。実物を見たいとは思わないけど」
もちろん『虫』という存在をしってるだけなので、『本の虫』とやらがどんな姿かは私は全然想像もつかない。だから、たぶん、目の前の男の子みたいにのんきで涼やか顔をしてるってことにしよう。
「はは、でも読書好きとしては虫がいなくていいこともあるかな。昔は紙を食べる虫だっていたらしいからね。貴重な本たちが今よりもっと減ってしまうのは悲しいからさ」
春はそんなことを言ってさみしそうに笑っていた。
そっか、春はまだそんなことを気にしていられるくらい気持ちに余裕があるんだ。
未来を、悲しめるだけの余裕が。
「────それじゃ、私もう帰るから」
少しむなしくなった私は、さっと荷物を背負って自転車に乗った。
「もう帰るの? でもまあ日が昇って暑くなったら体力的に僕らはきついしね。あれ、そういえば未蕾は余命一年って初めて会った時に言ってたけど、どこが悪いのさ。至って健康そうなのに」
春は、私の感情の変化に気付かなかったのか、いつものにこやかな顔でそんな無神経な言葉を吐いてきた。
「…………はあ、身体は健康よ。それこそ100歳までだって生きてやるってくらい。でも春も知ってるでしょ? 私たちは、この世界の人類は、今年いっぱいで終わってしまうんだって」
「え、どういうことさ?」
私は当然のことを口にしたはずなのに、春はなんでか疑問符を浮かべている。
「だから、私たちのいる今ここが、これ以上先に続くことのない世界の果てなの。みんなあと少しでいっせいに死んじゃうの。だったら病気とか関係なく、私たちはみんな余命一年ってことでしょ?」
ヒュゥッ、と私たちの間をまだ冷たさの残る風が吹き抜けていった。
「─────ああ、そういうことか」
一瞬だけ春の瞳から光が消えた気がしたけど、私には関係のないことだ。
止められる理由もなくなったので、私は春にさよならも告げずに長い坂道を自転車で下っていった。
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