第6話 ネヴァー・スプリング③
家に帰り、食事とシャワー、歯磨きをして私はベッドに入った。
今日一日を振り返って、彼の名前のことを思う。
「確かに、『春』って名前も結構な皮肉よね」
春夏秋冬における春と秋は随分と昔、数百年くらい前に観測することができなくなった。今この日本に残っているのは灼熱のような夏と、極寒という言葉も生易しいほどの冬だけ。
そもそも一日の内でも真昼と深夜の気温差が70℃を越えている現在では『四季』なんて存在は遥か昔のおとぎ話と変わらない。
なのに春夏秋冬なんて言葉が残っているのは、単純にご先祖様たちが四季をカタチだけでも残そうとひたすらに頑張ったから。その努力の結果として、この海洋都市では失われた四季が人工的に再現されている。
正直屋外については手の打ちようがないけど、各施設内だけでも季節感を味わえるようにと空調による湿度・温度の調整、四季折々の人工風景の壁面投影、季節ごとの食品提供と色々と模索してある。
だけど残念なことに私たち若者からはあまり評判はよくなかった。とくにいくら梅雨の時期だからといって湿度を爆上げにしてまで季節感を出さなくたっていいと思う。
だからこの四季の再現は、あくまでも大人たちの自己満足でしかない。それにその大人たちだって本物の四季を体験したわけじゃないんだから、日本人って民族の失って取り戻せないものに対するただの哀愁なのかもしれない。
そしてその仮初めの四季でさえこの海洋都市に限った話。
山、というか島に住んでいる春にとって四季なんてものは無縁と言っていいことのはず。
春の両親は、いったいどんな気持ちでその名前をつけたんだろう?
「って、それを言ったら私も同じか。未蕾かぁ、やっぱりこのご時世だと皮肉だよね」
そんなことを呟きながら私はまぶたを閉じる。
今日は結局、友達との電話はしなかった。以前なら私が電話をかけなくても向こうからかかってきてたけど、それがないってことはきっと向こうもそういう気分なんだと思う。
今は余計な気持ちをできるだけシャットアウトして心を綺麗に整えることだけに集中する。
綺麗に、キレイに、きれい、に。
強い眠気とともに意識を手放す瞬間、私の名前を呼び捨てにしたのんきで暖かな季節のような少年がかすかに脳裏をよぎった気がした。
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