第3話 スプリング・アーカイブ③
結局、真っ暗で氷点下に近い時間帯に春を校舎から追い出すようなマネは私にはできなかったので、夕方になって帰る時に彼も一緒に連れ出した。
それまでに図書室で春がいろいろと話しかけてきたけど、私は離れた場所で携帯端末をいじりながらずっと無視してた。端末に流れてたのは現在の社会情報、環境情報など人工知能が勝手に取捨選択したリアルタイムデータで、そのことがより一層私の感情を不愉快にさせた。
私は校舎の玄関で充電していた電動自転車を取り出して忘れ物がないかチェックする。
「いい自転車に乗ってるね。僕もそういうの欲しかったなぁ」
春は私の自転車を見てうらやましそうにしてた。私はそんな彼の発言を聞かなかったことにして、
「いい? 今日だけはアナタのことを見なかったことにしてあげるから、明日ここに来ちゃダメだからね。ここに来ていいのはお祖父ちゃんから鍵をもらった私だけなんだから」
はっきりと春に言いつける。
「ん~とつまり、鍵を持っていない人はこの学校に入ったらダメってこと?」
春は困ったように両手を挙げて確認してきた。まあ、だいたいあってるからその理解でいいか。
「そういうことよ、じゃあ私はもう帰るから。アナタも気を付けてね。……身体、弱いんでしょ?」
私は去り際にほんの少し皮肉を込めた挨拶を春に残して、自転車で港への長い下り坂を下りていった。
太陽が昇り始めて、空が徐々に白んでいく。
「本当、なんだったんだろ、アイツ」
坂道を勢いよく下りながら、本当だったら気持ちいいはずの風が私の心を逆なでしていく。
「何が、余命一年よ。みんな……そうでしょ」
港にたどり着いた私は、水上バイクで海を駆け抜けて日が完全に昇りきる前に海洋都市の自分の家へと帰った。
家の中はまだ暗くて、今日一度でも灯りが点いたのかも疑いたくなるレベルだ。
謎の少年、春との遭遇でいろいろと疲れていた私は今朝と同じように冷蔵庫から簡易食品を手に取って2階の自分の部屋へと向かう。その途中で両親の部屋の前を通る時に「ただいま」と小さく声をかけた。
返事は期待していなかったけど、遅れてお母さんの「おかえりなさい」の声が聞こえて、少し、安心した。
自室に戻った私はベッドの上で棒状の簡易食を口にする。ほどよく美味しくて、人体に必要な栄養素は一通り入ってるんだから便利なもの。問題は触感にバリエーションがないことだけど、多様性なんて、今の世界じゃ一番のぜいたく品なんだからやっぱり文句は言えない。
お腹がある程度満たされたところで友達と電話をしたけど、向こうは終始涙声だったから、そんなに長く話す気分にはなれなかった。
明日も早起きの予定なのでシャワーを浴びて歯を磨いたらすぐにベッドに入る。目覚ましのタイマーもどうせそのアラームを聞く前に起きるんだろうけど一応セットしておく。
ここ半年、ぐっすり眠れた日は一度もない。深く眠りについたが最後、二度と目を覚まさないかもしれない恐怖が私に安らかな眠りを許さない。
それでも一応は眠らないと疲れも取れないので、仕方なくまぶたを閉じる。
今日起きた出来事と言えば、春と名乗るあの少年と出会ったことくらい。まあ少年と言っても多分同い年くらいだろうけど。どっちでもいっか、どうせもう会うことはないんだし。
今、私の人生で一番大事なことは、あの焼け付くような朝陽を見ながら…………死ぬことなんだから。
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