『花火大会』
学校から帰ると、お母さんに捕まった。
何?
何事?
和室に掛けられているのは、先日購入したばかりの浴衣。
最後まで、お父さんは、これを着ていく事を反対していたけど
お母さんは、思いっきり無視していた。
ほんと、お父さん、可哀想だ…
「さ、制服脱いで。時間ないでしょ」
そう言って、制服に手を掛ける。
「わわ!自分で脱ぐよ」
そう言ってから、制服を脱ぐ。
お母さんに着つけられながら、絶対に似合わないと自信を持っていた。
紺地に、牡丹の花を中心に綺麗な花が咲いている。
薄いピンクの帯をつけて、鏡の前の自分を見る。
…なんか微妙
「ねぇ、お母さん、これ似合ってないよ」
ハッキリと言った。
「そんな事ないわよ」
そう言いながら、お母さんは私のセミロングの髪をアップして、上手に編んでいく。
前髪もキレイにセットしてから、キレイな花飾りとつける。
「そして、仕上げはメイク」
そう言ってメイク道具を出す。
「ちょ、お母さん。やり過ぎ!!」
私の抗議の声も
「だまらっしゃい」
と、完全に無視。
お母さんの手で、ナチュラルメイクが施されていく。
仕上がった自分をみて絶句…
意外と…似合っている?
すごいなぁメイクって
こんな私でも、少しまともに見える。
私が感心していると
「美奈は、元がいいからね」
お母さんが言う。
「それ、親の欲目だよ」
私が言うと
「まぁ、人がせっかくキレイにしてあげたのに」
「ありがとうございます」
「いえいえ」
お母さんは、浴衣に似合う巾着を私に渡す。
これも買っていたんだね…
びっくりだ。
ついでに言えば下駄まで…
用意周到だ事。
「あ、そうだ」
そう言ってから、お母さんは、肌色の絆創膏を持ってくる。
そして、両足の親指と人差し指に巻いていく。
「新しい下駄だし、擦れるからね」
そう説明してくれた。
あーそうか、数年前、下駄の鼻緒で皮膚が擦れて散々な目にあったもんね。
「至れり尽くせりで」
私が言うと
「いえいえ~」
楽しそうに言う。
うーん、やっぱり何か企んでいる。
「ほら、もう時間よ」
そう言って時計を指差す。
時刻は4時半。
待ち合わせの駅までは、そんなに時間は掛からないけど、浴衣に下駄だからね
余裕をもって行かないと
「いけない…」
慌てて、財布やハンカチ、スマホとかを巾着に詰めて
「お母さんありがとう」
笑顔を向けて出ていく。
「いってらっしゃい」
お母さんの笑顔に見送られて駅までの道を歩いた。
花火大会って事もあって浴衣姿の人多いな。
歩きながらそう思っていた。
駅前では、凛ちゃん達がいる。
「美奈!!」
凛ちゃんが手を振っている。
やっぱり、凛ちゃん大人っぽいな。
黒地に蝶の模様の浴衣がよく似合っている。
ショートカットの髪も、少しは綺麗にセットしていた。
楓ちゃんの浴衣は、白地に桜があしらっている。
こっちも色っぽい。
この二人の前にすると、自分の平凡さが思い知らされるよ…まったく。
「やだぁ美奈素敵!!」
思いがけない凛ちゃんの言葉。
「うわ!メイクもしているし…髪型も色っぽいや」
楓ちゃん、興奮気味だ。
「…でも、私…二人に比べたら…」
私の言葉に、2人とも笑う。
「そんな事ないよ」
笑いながら凛ちゃんが言う。
「これ見て、アイツがどう反応するか楽しみだ」
楽しそうに笑う楓ちゃん。
【アイツ】?
誰の事?
私が首を傾げて考えいると
「やっほー」
聞き覚えある声がした。
振り返るまでもない、田畑君だと分かる。
え?
どういう事?
まさか…?
恐る恐る振り向くと…
4人組の男の子がこっちに向かってくる。
その中には、当然…
航平君がいる訳で…
面倒臭そうに歩いている。
Tシャツにジーンズ、それにシャツを羽織って私服に
胸が高鳴る。
思わず顔を逸らしてしまう。
顔の温度が上がっているのが分かる。
今の顔見られたくない!!
そんな私の姿に、凛ちゃん達はニコニコ笑っている。
「おー艶やかですな」
辻谷君の言葉に
「馬子にも衣装って言うなよ」
凛ちゃんが、先制をかける。
「いやいや、みんなキレイだよん」
田畑君がニコニコ笑っている。
「な!航平」
天野君が、航平君に絡んでいる。
「あ…うん…」
曖昧な航平君の答え。
あーやっぱり似合ってないんだ!
あっちの可愛い感じに浴衣にしていればよかった。
後悔先に立たずというのが身に染みてきた。
「じゃ行こうか」
田畑君が言う。
え?もしかして…
私は凛ちゃんと楓ちゃんを見る。
2人とも満足そうに笑っている。
…もう!!
2人とも嵌めたな?
親友のキモチは嬉しいけど…
浴衣が似合ってないんだからさ…
意味ないじゃん。
私は、凛ちゃんに手を引かれて花火大会の会場へと連行されてた。
家を出た時から嫌な予感はしていたんだ。
いろんな意味でね。
出店のあるブースに辿り着くと、途端に凛ちゃんが手を離す。
「きゃーたこ焼き!」
そう言ってはしゃぎだす。
そういや凛ちゃん、たこ焼き好きだっけ…
ため息をつきながら私も後を追おうとしていた。
途端に、転びそうになる。
だけど、転ばなかった。
だって、私の腕を…
航平君が掴んでいたから。
「あ、ありがとう」
俯きながら言うと
「…佐藤は、危なすぎ」
航平君は言う。
チラリと顔を見ると、優しい笑顔に私の中の温度は高くなった。
顔から火が出るよーーー
どうしよう?
凛ちゃん、楓ちゃん、助けて!
前方を見ても、2人はいない。
そして、周囲を見渡すと、凛ちゃんや楓ちゃんどころか、天野君や辻谷君、田畑君の姿まで消えていた。
ええ!!!
何ですかこれは?
もしかして…
ハグれた?
私が、ドジッ子だから…
どうしよう…
さすがに焦る。
「あいつら…」
航平君が呟く。
「ご、ごめんなさい」
思わず謝る。
「え?」
驚いた様子の航平君。
「私のせいで、みんなと…」
あ、泣くなよ!
涙を堪えて踏ん張る。
「…別に、佐藤のせいじゃないよ」
航平君は優しく言ってくれた。
「でも…」
「一緒に探そう」
航平君の優しさが、すごく染み込んで嬉しかった。
「うん」
小さく答えた後
「はい」
そう言って手を差し伸べてくれた。
「え?」
意味が分からない私に
「はぐれるといけないから」
微笑みながら言う。
それ、殺人級の笑顔です!!
「ほら…」
航平君に言われて
「はい…」
その手を握りしめる。
航平君と手を繋いでいる。
みんなを探しながら、出店を楽しんだ。
リンゴ飴を仲よく食べたり
射的で、可愛い小さな人形当ててもらったり
わたあめを食べたりして
まるで恋人みたいに…
でも、私は現実を知っている。
私は、航平君に似合わない女の子。
航平君にとっては、ただのクラスメイトだから。
分かってる
分かっているんだ。
でも、少しぐらい…
夢を見ていても…いいよね…?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます